最善の悪魔、そして最悪の勇者 ― 英雄殺しで、世界を救う ―

hard(ハルト)少佐

序章

転移者を名乗る男

「ナギ、実は俺……別世界のニッポンってところから来たんだ」


「……お前、頭イカれてんのか?」


 この時代、この日、この瞬間、俺は別世界からやって来たというこの男と出会った。

 同時にそれは、この絶望的な世界に一筋の光が舞い降りた瞬間でもあった。また、世界の均衡を根底から揺るがす一大事でもあったのだろう。


 それは偶然か、それとも必然だったのか。その答え合わせは、これから始まる長い旅の中で行われていく。


 これは後に俺たちが〈最善の悪魔〉、そして〈最悪の勇者〉と呼ばれるようになるまでの物語である。

 相容れない存在の二人が、五つの大国の思惑が絡み合う〈神器〉を巡る戦いに身を投じていく。


 ――英雄を殺して、世界を救うまで。



♢♢♢



 この世界の人類は魔族の侵略によって危機に瀕している。一部の人間は「対魔族戦争」だなんて言うが、一方的に虐殺されるだけの戦いのどこが戦争だというんだと、俺はそう思っている。


 ここ、ヒト族の国・ジャバリスも兵だけで既に二万人が殺された。女子供を含めれば、死者数は実に六万人に上る。

 魔族の目的は殺戮。故に、降伏はイコール死。


「この国も、いつまで持つのかな」


 始まりは、もう二十年も前のことらしい。

 魔族に分類されるありとらゆる種族が、突如として組織的な統率を開始。各地に群生していた奴らが武装し、ヒト族の国家へ攻撃を開始したらしい。



 そんな時代を生きる俺・〈ナギ〉はジャバリスの戦士見習いだ。今日も一人山に籠って、剣を振るい、魔術の書を読み試す。日々鍛錬を欠かさない、向上心に満ち溢れた十六歳。


 ……と言えば聞こえはいいが、実際はただの落ちこぼれ扱い。見習いだなんて、言い方を少しマシにしただけの気休めだ。


「早く、俺も戦いたい」


 けれど、この世界で生き残りたければ抗うしかない。戦わなければ生き残れない。

 だからこそ俺は強くなりたい。

 一匹でも多く、魔族のバケモノをぶっ殺すために。



♢♢♢



 ジャバリスの都から南へ下った所にある山地。その中腹に、俺だけの秘密の特訓場がある。時間を見つけてはその場所へ通い、 剣を振るい魔術を試し、魔族をぶっ殺すシミュレーションを怠らない日々。


 今日の俺も例に漏れず、錆びついた剣を携えて山を登る。

 傾斜のかかった獣道を駆け上がれば、そこに広がるのは緩やかな草地。俺はそこを目掛けて足を速め、視界が開けた。


「ん?」


 草地の中に生える木の幹に、人影が横たわっているのが見えた。

 怪我でもしているのだろうか、あるいは死んでいるのか。この時勢では、そこかしこで死体を発見するのも珍しくはない。魔獣が徘徊しているからだ。


「おい、あんた生きているか?」


 大方、この場合もその手の類だろうと思って、特に警戒することなく近づく。

 木陰に隠れるその顔を覗き込むと、その正体がよくわかった。

 若い男だ。それも俺と同年代くらいの。


「う、うぅ……」


 呻いた、死んではいない。特に目立った外傷も見られない。つまりはただの酔っぱらいか、それとも昼寝をしていただけか。

 その二択だと適当に自己解釈して、男の前で膝をついた。


「あんた、喋れるか? 」


「……ん?」


 俺が軽く体を揺すってやると、その男はゆっくりとまぶたを開く。


「――はっ⁉ こ、ここは……? あの女神は⁉」


 俺を押し退けて起き上がったこいつは、辺りを見回して自分の状況を探ろうと必死だ。


「……あぁ、そうか。転移したのか」


「お、おい落ち着けよ。ほら、水だ」


「……水っ!」


 錯乱しているのか。女神だとか転移だとか訳のわからんことをいう男に、俺は水筒の水を分け与える。


 跳ねる水滴を見た途端に、男は水筒を奪い取るようにして飲み始める。


「すまん、俺はまだ水魔法が下手だから、綺麗な飲み水は生成できないんだ。それだけで勘弁してくれ」

「んぐっ、――ぷはぁっ! あぁ、いやいや。助けてくれてサンキューな」


 喉が潤うと、こいつは良い笑顔を向けてきた。風に吹かれて息を整えると、錯乱も治まったようだ。水筒は半分以上飲まれてしまったが、人助けのためとなれば仕方がない。

 さて、質問させてもらおう。


「で、お前さんの名前は? なんでこんなところに? あぁ、俺はナギっていうんだ」


 名乗るならまずは自分から。そうすることで、相手も警戒することなく話せる。


「俺はリク。訳あってこんな場所に放り出された身なんだが……ここは一体どこだ?」


「どこって……、ここはジャパリスだ。ほら、向こうに街がある」


「……そうか。やっぱり本当に、俺の知る世界じゃないんだな」


 おいおい、まさか記憶喪失だとか言い出すんじゃないだろうな? しかもまた、世界がどうのこうのとおかしなことを言う。

 だがどうにもとぼけている様子は感じられないので、ますますわからない。


「しかし、なるほど。よくわかったよ、女神様」


 するとリクは立ち上がって、天を仰ぎながらそう言う。

 そして、困惑する俺を前にして、リクはまた突拍子の無い妄言を言い始めた。


「ナギ、実は俺……


「……お前、頭イカれてんのか?」




 


 


 

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