第23話:おごめく(8)
午後六時二十七分。教わった番号、というか狩野社長にもらっていた従業員名簿から電話をかけてみた。
「おかけになった番号をお呼び出ししましたが、出られません」
しつこく鳴らしたものの、最後に応答したのは機械音声。
まさか、もう。
浮かんだ予感に、首を振って否定する。まだ土曜の宵の口、狩野社長も「六時前まで普通に仕事してましたよ」と言っていた。
一人暮らしだそうだ、仕事終わりに食事でもしているのだろう。
いくらか時間を置く間、やることもある。あと六日分の防犯カメラの映像を、確認し尽くさなければ。
──一時間の経ったところで電話をしたが、また繋がらなかった。
そのまま確認作業を終わり、時刻はちょうど午後八時になるところ。三十分しか過ぎていないけれども、待ちきれない。
しかしやはり、機械音声になった。
どうしよう。解決のためならと、狩野社長は住所も教えてくれたが。今のご時世、俺は良くとも社長的に良くない。
いや、どうもこうもない。防犯カメラに、細間は二度しか映っていなかった。
俺が見たあのときと、その前日のほぼ同じ時間。正確には映像上のタイマーで午後七時二十分。バイクの持ち主が狩野モータースを出た十分後にコンビニへ入り、飲み物を買ってすぐ出ている。
あの従業員を狙ってでないなら、ここに現れる理由など思いつかない。
危険を知らせる意味で押し通し、文句を言わせない作戦に決めた。午後八時十一分、県警本部を出発した。
「もしもし。今、話しても大丈夫か?」
念のために結愛へも電話をする。まず、
「あと、俺が変なこと訊くんだけど。もう意味とか考えずに、答えだけ教えてもらうほうが結愛のためだと思う」
「うん? よく分からないけど、分かった」
不破と、もう一人。バイクの持ち主の名を出し、どちらかだけでも知っているかと。結愛は数秒の間を空け、「知らないと思うけど」と答えた。
「知ってるはずなの?」
「いや、知らないはず。万が一くらいで訊いてみたんだ」
「そか。色々やってくれてるんだね、悪いね」
神妙に、抑えた声。俺には結愛のためという下心があって、仕事の一環にもなっている。気遣ってもらうことはなにもないのに。
「悪いのは俺のほうだよ。パパッと、片付いたって言ってやれればいいんだけど」
「うん、大丈夫。もうすぐどうにかしてくれるから、中洲川くんが」
薄く、努めて笑おうとした吐息。俺も同じような息を吐きそうで、気づいてわざと笑い飛ばす。
「あ、あはは。任せとけよ」
戸締まりに気をつけろと余計なことを言い、電話を切った。真っ暗な空へ突っ込んでいくように、関越道を走る。
「中洲川くん、か」
漏れたのは、嘲笑だったろう。がっかりしている自分への。
それから問題の家へ着いたのは、午後九時二十四分。触れればモルタル吹きの剥げそうな、古い二階建てアパートの一階。
狩野モータースからは約一・二キロだった。歩くのにどうということもないが、毎日の通勤となると乗り物で楽をしたくなる距離。
燃料タンクを外したバイクは、そのまま作業場へ置いてあった。当然にここへはなく、代わりになる物も見えない。
呼び鈴のボタンを押したが、音がしない。思いきり蹴りとばせば穴の空きそうな、薄いドアを叩いた。
ドアスコープも脇の窓も、まったく明かりを落とさない。電気の計測器も待機電力程度で回る。
隣と、そのまた隣の住人は、テレビでも見ているらしい。
もう一度、念のために表札を照らすが間違いなかった。電話に出ず、家にも帰らず、なにをしているのか。
「なんでお前だけ居ないんだよ」
文句を言っても、答える者はない。
残る手は、帰ってくるまで待つこと。アパートの敷地への出入りが見える位置に車を停め、じっと睨む。
朝まで待つのも苦にならない。帰ってきて、話してくれさえすればいい。
ただ、帰ってこない可能性はないか。明日は日曜で、友だちと遊びに行ったとか。
「たびたび、おそれいります。もし分かれば教えていただきたいのですが」
困ったときの狩野社長に訊ねた。遊びに行く先など、聴いたことがないかを。
「いやあ、それこそ不破くらいで。誰かから電話がかかってきたこともない男でして」
「一人で映画を見るとか、趣味的なことは」
「聴かんです。釣りなんかに誘ったこともありますがね。一回だけ、渋々で付き合ってくれたくらいですなあ」
社長の見立てでは、趣味という趣味のない、休みは寝て過ごすタイプ。そんな人間がよりによって今日、なにをしている。
可能性として一つは、既に細間が行動を起こした。
その場合、発見されるまではやりようがなかった。そうなっていないものとして、ほかに見つける方法はないものか。
いや、待て。
ふと気づく。あの男はストーカーを繰り返し、その話をした不破が死んだことも知った。
この想定が正しいのなら、俺から逃げているんじゃないか。
警察電話から架電したとき、相手には県警本部の電話番号が通知される。それでいよいよ自分が捕まると。
バカ正直に電話をするのでなかった。悔やんでも仕方がないが、自分の頭を殴りつけた。
どうする。待っていても、今日や明日には帰ってこない。どこか、こんなときに行く場所は。
あそこか?
閃いたと言うには陳腐な発想だったが、一つの可能性に向けて車を発進させる。
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