第20話:おごめく(5)

 県警本部の三階、映像室とプレートの付いた部屋へ。午後二時四十一分、壁一面の電子機器のほか、作業待ちと見えるダンボール箱の山の間へ分け入った。


 照会してみたが、たしかに不破名義の車両は四輪しかなかった。ひと昔前、峠と言えばこれとなっていた車種の一つ。

 車両番号を手もとに置いたものの、まず参考にならない。そう思いつつ映像データを再生させた。


 受け取ったのは、コンビニの出入口前から道路方向を舐めた画角。画面の上端に狩野モータースも見切れていた。

 二十四時間が十四日分、となると二倍速で見ても七日間が必要になる。

 当然にそんなことはできず、支援ソフトを起動させた。動画内に新しいオブジェクト、人間や車などが登場したら一時停止してくれる。


 百二十八倍速で動く画面は、なにがなにやら。しかし車道の通行がそれなりにあり、頻繁どころではなく停止された。

 考えて、車道のチェックをしない設定をする。歩道の人間と、歩道を横切る車両を確認できればいいのだ。


 違う。

 違う。

 新しいオブジェクトを、支援ソフトが囲んでくれている。拡大を指示し、細間でないことをたしかめる。


 狩野モータースの面々が登場するのは当たり前で、ツナギ姿はサッと飛ばした。不破でないことだけは誤らずに。


「七年前──」


 ただ一度、結愛が狩野モータースを訊ねたとき、不破はまだ勤めていない。丸坊主の男の子が、五年目と言っていた。

 就職前から出入りしていた可能性も、ゼロではない。しかし現在の不破は、二十二歳だそうだ。中学生がとは考えにくかった。


 見たこともない結愛を不破は見初め、憤った細間と対決して敗死する。

 いやそんなバイオレンスな筋書きではないだろうが、どうにも矛盾したシナリオとしか言えない。


 すると結愛の思い違いか。七年前以外、この四年以内に狩野モータースを訊ねたことを忘れているという。

 であれば結愛のスクーターが登録されていない事実が、ますますおかしい。


 ではいっそ、不破は被害者でないというほうが辻褄として都合が良くなる。細間が居たこと、結愛に利用した過去があること、どちらも偶然で。真犯人ならぬ真被害者が居ると。


「んなわけないだろ……」


 脳みそと眼が疲れていた。腕時計を見れば、午後五時十分。まだ六日分が残っていても、休憩くらいは許されるに違いない。

 捜査一課へ逃げ込めば、白い靄をまとった達先警部補が目に入る。


「ん、まだ居たのか」

「まだ? あ、いえ。出かけて戻って、映像室に篭ってました」

「おいおい、発散は自分の家でやったほうがいい」

「なんでですか、しませんよ。防犯カメラをチェックしてたんです」


 下ネタ好きなのは警察官のせいか、中年のせいか。いかにも下卑た笑顔に、冗談で返す気力はなかった。


「なんだ、随分だな。不破だったか? あれのDNA照合、結果が来てるぞ」

「簡易のですか。どうなってます?」


 殺人の被害者が、万一にも取り違われてはならない。数日を必要とする精密照合もされているはずだが、簡易照合でも誤っていた例を俺は知らない。


「不破の自宅から毛髪、爪、精液を採取。いずれも例の林道の遺体と同一人物と認む、だとさ。指紋も完全合致だ」

「そうですか」

「なんだか残念そうだな」


 真被害者説が消えた。残念そうに、たぶんしただろう。

 だがすぐに切り替える。ピースの所在そのものを探すより、置き間違いを正すパズルのほうが楽だ。


「ちょっと頭が疲れてます。なんだか妙なことになってまして」

「妙なことなんてのの大概は、見る奴の思い込みだ。言ってみろ、ほぐしてやる」


 さすが夕刻の達先警部補は、舌の回りが軽やかだ。それでいて、これほど安堵を覚える言葉もなかなか。

 期待をこめ、結愛と狩野モータースについて、それに防犯カメラのことを話した。いまだ細間の姿は見つけられていない。


「──そいつは妙だな」


 腕と脚を組み、警部補は唸った。咥えていたタバコを灰皿へ押しつけ、新しいのを咥え直しもする。


「でしょう?」


 ライターをデスクに置いた俺も、冷蔵庫から嗜好品を取り出した。二つのカップに濃い琥珀色を満たすと、ちょうど空になった。


「昨日、お前が見たってなら。その前に何度も来てるはずだろうよ」

「細間ですね。ええ、俺もそう思ってたんですが。今のところは」

「奴はいったい、なにしに来たんだ?」


 最初に言及するのが細間とは思わなかった。しかもなにしにとは。


「なにって。不破を殺す前なら分かりますけど、殺したあととなると」

「死んだ奴の周りがどうしてるか。慌てて、悲しんで、ってのを愉しむ変態も居るには居る」

「ああ、まあ。でもそれには、殺したあと毎日のように来ないと」


 声に出してから、それを達先警部補は言ったのだと気づく。


「だろ? するとだな。昨日も今日も、まさかほかに誰かをろうってんじゃないかと考えちまうわけだが」

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