第18話:おごめく(3)

 俺のせいだ。胸の中を、この言葉が埋め尽くす。寄依署への道程をずっと。

 あのとき同棲していれば。あのとき実家から出させていれば。結愛からの連絡がないことを、彼女の両親に知らせなければ。


 もしもそのときに戻ってやり直したとしたら、なにか変わるだろうか。

 分からない。分かるわけがない。

 けれども結果だけ、不幸を味わわない結愛をしか思い浮かべられない。


 午前十時五十七分。やってきた寄依署の捜査本部に、先輩の係長の姿はなく、留守番の巡査長に行方を問う。


「狩野モータースって、中洲川部長が見つけたんでしょ? もう終わってるかもしれませんが、その足で浦和だと思います」


 無断で休み続けている、不破を調べに行ったらしい。浦和は埼玉県警本部の所在地で、もしかしなくとも、そのまま大宮の科捜研へも赴くだろう。

 刑事課長に次ぐ指揮官のやることでないけれど、二度手間を嫌うズボラなあの人らしい。


「そうなんですね。となると俺は……」


 東松川市の聞き込みを続ける意味は薄まった。もちろん不破が被害者であれば。

 これからなにをすべきか、考える俺に留守番の巡査長は気安げに笑った。


「別命があるって聴いてますよ」

「あ、ええ、まあ。実はそっちが行き詰まり気味で、どうしたものかと」


 巡査部は「なるほど」と困った顔を作ってくれる。刑事課長にまで密命と言わせている以上、アイデアを出してもらおうとも思えない。


 この事件に細間は関わっている。

 昨日のコンビニで、確信が九割九分に達した。しかしたった今どこに居るのか、予測のしようがなかった。


 川越の自宅も、監禁事件から一年を経ずに解約されていた。警察に記録される情報も、なにも更新されていない。

 ホームレスのような境遇なのだろう。そういう存在を追うのは雲をつかむようで当てどない。


 ──長机に捜査の進捗リストが放られている。見れば昨日の夜に更新されたものだ。

 中尾平へ向かう林道で、毎夜の検問が続けられている。これという証言は出ていないようだが。

 同じく林道へ至る道すじの防犯カメラも、特段の場面がないらしい。どうやって遺体を運んだか不明なのだから当然だ。


 防犯カメラか。

 狩野モータースの斜向かいのコンビニは、どこへ向けているだろう。細間が不破を殺したなら、昨日のほかに姿を見せているかも。

 今日か明日には誰かが確認するはずだが、映像に細間を探すのは俺しか居ない。


「すみません俺も狩野モータースに、というか目の前のコンビニに行ってきます。防犯カメラ、提出してもらってきますね」

「え? ああ、了解です」


 たぶん進捗リストの更新をやっているのは、この巡査長だ。傍らにノートパソコンを置き、手もとには直に書き込むチェックリストみたいなものを。

 俺が言った途端。持っていたペンを蛍光色に持ち替え、なにやら小さなマスを迷うことなく塗り潰した。


 しかし。俺は迷う。

 細間が不破を殺したのなら、それは結愛に付きまとっていたのだろうと想像する。あれは自分の獲物と互いが主張し、一方が死ぬこととなった。

 だとしたら、分からないことが二つ。


 不破はどうして、結愛を知ったか。

 細間はどうして、殺した相手の職場へ来たのか。


 答えを得る方法に悩みつつ。午前十一時十二分、東松川市へ車を走らせた。

 約五十分。午後〇時ちょうどに狩野モータース前へ。まずはコンビニに車を停め、店員に警察手帳を見せる。


 店長はいつも夜のシフトに入るらしい。申しわけないが連絡をとってもらうと、すぐにやってきた。

 防犯カメラのデータ提出も二つ返事で「なんの事件です? うちの店も被害に遭ってたり」という懸念は否定しておいた。

 酷いときには当日のデータしかないところもあるが、十四日分も保存してあるらしい。


 とは言えSDカードへの書き出しには時間がかかる。先に押収書類を作成し、狩野モータースに向かった。

 午後〇時三十四分。昨日も見た丸坊主の男の子に声をかけた。


「あっ、刑事さん。なんか忘れ物です?」


 先輩の係長は、ここへも来たらしい。ならば今日は責任者に会えそうだ。男の子に求めると、そのとおり事務所へ案内された。


「事件に関わるか、まだ確定してないんですが。顧客名簿を見せていただけますか」

「えっ、不破だけじゃないんで?」


 達先警部補よりは歳下に見える。日に焼け、手を油で黒くした狩野社長が目を丸くした。


「被害者と言いますか。不破さんの件の原因になったかも、と考えてまして」

「そうなんですか。不破はバカですがね、腕が良かったんです。あれを殺した奴を捕まえるんなら、あたしらなんでもします」


 強面の部類に入る顔が、急激にしわくちゃに変わった。ほんの一瞬、激しく鼻を啜る音で元へ戻る。


「ま、で始まる苗字のリストを見られますか」


 事務担当という社長の奥さんが、慣れた軽い手つきでキーボードを叩く。要望どおり、まのリストだけがパソコンの画面に表示された。

 数は百件ちょっと。これなら印刷してもらうまでもない。ページを移動する操作だけやらせてもらい、三ページを三度見返した。

 けれど、牧添結愛の名は見つからない。

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