第6話 末永くよろしくね

 千夏に告白されてから数日後、あなたはしばらく顔を合わせていなかった千夏をあなたの家の自室へと呼び出した。


 しばらくの間、丸テーブルを挟んで二人とも無言でお茶を啜っていたが、耐えかねたように千夏が先に口を開く。


//正面の中くらいの距離から


「ねえ、私を部屋に呼んだってことは……決まったってこと?その……告白の……返事」


「……は?ASMRして欲しい?なんで」


 あなたは無言で台本を手渡す。


(台本の紙の音)


「なにこれ……タイトルは『恋人体験ASMR』……?」


 あからさまに怪訝な顔を向けられる。


「これ、どういう意味?告白の答えのつもり?」


「本当の恋人になるのは嫌だけど、ASMRの演技でなら許してやるってこと?

 それとも、ただあんたが単にこのシチュエーションを体験したいだけ?」


「……とにかくやって欲しい、って……はぁ、もーわけわかんない」


「このクズ!変態!ASMRオタク!……あーもう、なんで私こんなやつに……」


「いいわよ、やればいいんでしょ、やれば」


 千夏は不機嫌そうな顔をしながらも了承してくれて、あなたに近付き、台本通りに演技を始めた。


(千夏があなたに近寄る音)


//正面の近くから


「ね、『愛してるゲーム』って、知ってる?」


「ルールは単純明快!交互に『愛してる』って言い合って、先に照れたり笑ったりしちゃった方の負けなのです」


「早速やってみよう!それじゃあまずはそっちから、どぞどぞ」


 あなたは千夏に向かって『愛してる』と言った。


「……うん、私も好きだよ?」


「あれー?顔赤くしちゃってどうしたの?私の方が恥ずかしいこと言われたのに。それに私たち、付き合ってるのに」


 思わぬ返しに照れてしまったあなたの頬を、千夏はツンツンと指でつついてくる。


「……ま、いいや。次は私の番だね。それじゃあ君の耳に口を近付けまして……」


 千夏はあんたの左の耳元に唇を近付けた。


//左側のすぐ近くから


 囁くように告げた。


「……愛してるよ」


 そのままあなたの左耳たぶに「ちゅっ」とキスを落とす。


 すぐに顔が離され、正面から見つめられる。


//正面の近くから


「……ふふ。顔、耳まで真っ赤だよ?」


「……え?耳にキスするのはズルいって……?じゃあ今のはノーカンにしてあげる。

 はい、じゃあもう一回君からどーぞ」


 あなたは台本には書いていない、この前の告白の返事を口にした。


 千夏はボンっと音がするほど顔を朱に染めて、演技口調を忘れた声を漏らした。


「………うぇ?今、なんて……」


「わ、私と恋人になりたいって……!?そ、そんなの台本に書いてないっ……」


「照れてるから私の負けって……い、今のは不可抗力っていうか……じゃなくてっ!

 ……その、ホントにいいの?……私で」


「……そんな恥ずかしい台詞、よく真顔で言えるわね」


「……そっか。私でいいんだ……私だから……いいんだ。ふーん」


「……因みに、決め手はなんだったわけ?この前告白した時は迷ってた感じだったけど」


「………自分のために、お姉ちゃんよりもASMRを上手くなってくれたから……はぁ。聞いて損した。

 やっぱあんたってどうしようもないASMR狂いの変態ね」


「でも……うん。嬉しい。

 むしろ、嬉しすぎて上手く感情を言葉にできないっていうか……。

 ふ……ふふ……私が、あんたの恋人……んふふ」


 千夏は満面の笑みであなたの右耳元に唇を近付けていく。


//右側のすぐ近くから


「ずっと大好き。これからも……末永くよろしくね」


 「ちゅっ」と、甘いキスが耳たぶに落とされた。

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