第5話 返事は考えといて

 今日も今日とて何もない休みの日と言うことで、千夏と二人、自室のカーペットに背の低い丸テーブルを挟み真向かいに座ってまったりしていたら、突然千夏が神妙な顔つきで話し掛けてくる。


//正面の中くらいの距離から


「ねぇ、昨日お姉ちゃんにASMRしてもらってたでしょ」


「……やっぱり。昨日、私が家を出たあと、あんたがうちに向かってるのが見えたのよ」


「その時私、友達待たせてたから最後まで見てないけど、あんたが妙に嬉しそうな顔してたからまさかと思えば……」


「……私がする時はあんな顔してなかったのに……私じゃ物足りなかったってこと?」


「……まあ、別になんでもいいけど。ほら、さっさと台本貸して」


「なんのって、お姉ちゃんが読んだASMRの台本に決まってるじゃない」


「私も最初に比べたらかなり上手くなったし、お姉ちゃんよりも気持ちよくしてあげる」


 千夏の言い方に少し戸惑いながら、あなたは引き出しから取り出した台本を千夏に手渡した。


(引き出しを開く音)


(台本を手渡す紙の音)


//正面の近くから


「ありがと。……って、今回のはお姉ちゃんを意識して書いた……?

 ふーん……タイトルは、『膝枕で耳かき&囁きASMR』……は?あんた、お姉ちゃんに膝枕させたわけ?しかも耳かき付きで」


「ほんっっっと、つくづくあんたって変態ね。救いようのないくらい」


「ま、あんたが変態でどうしようもないASMR中毒者だなんて今更だし。別にいいわ」


「それより耳かきどこ?」


 勉強机を指差すと、千夏は耳かきを取りに向かう。


//右側の中くらいの距離から


「あー、これね」


//右斜め前方の近くから


「……なんで?って。ASMRするからに決まってるでしょ?お姉ちゃんより気持ちよくしてあげるって最初に言ったじゃない」


 驚きの声を上げるあなたを無視して、千夏はベッドに乗り上げ、寝台の縁に、足を床にぶら下げるようにして座った。


(ベッドの軋む音)


//正面の中くらいの距離から


「ごちゃごちゃ言ってないで、早くこっち来てよ」


 あなたが迷っていると。


「はーやーく」


 千夏は不機嫌そうな表情で、自分の太腿を手でポンポンと叩く。


(服越しに太腿をポンポンする音)


 あなたはゆっくりと躊躇いがちに千夏の太腿に頭を乗せると、その柔らかさに感動する。


//正面の近くから


「ほら、静かにして。じっとしてないと、鼓膜ぶち破るわよ」


 千夏は台詞を横目で見ながら、さっきよりも声量を落として、囁くように演技を始めた。


「……それじゃ、まずは左の耳からやっていくね。ごろんってして?」


 あなたは言われた通り体をごろんと転がして横向きになる。


(右耳が太腿に蓋をされ、塞がれているような感じになる)


 千夏は横向きになったあなたの頭を優しく撫でながら、台詞を続けた。


(頭を撫でる音)


//左側の近くから


「いきなり『耳かきして』、なんて言われた時は正直ドン引きしたけど……昔はたまに耳かきし合ったりしてたよね。

 ふふ。懐かしいな~」


「……もしかして緊張してる?ほら、力抜いて。よしよし、いい子いい子」


 しばらくなでなでされていたが、やがて頭から手を離される。


「じゃあ……入れるね」


//左側のすぐ近くから


 耳かきのかき出し部から順に、棒が耳穴に挿入されていく。


(耳かきが入っていく音)


 ゆっくりと外耳道を通って、丁寧に掃除される。


(耳かきのゴソゴソ音)


「……気持ちいい?痛くない?……よかった。

 もうちょっとだけ奥入れるから、痛かったらちゃんと言ってね?」


(もう少し耳かきが奥に入っていく音)


「よいしょっ……と。痛くない?」


「……うん、気持ちいいならよかった」


 千夏の吐息をすぐ耳元で感じながら、もう少しだけゴソゴソと耳穴を掃除されて、やがてゆっくりと棒を引き抜かれていく。


「うん、とりあえずこんなもんかな。梵天ぼんてんしてあげるね」


 梵天が差し込まれる。


(ボフボフされる音)


 梵天が引き抜かれ、「フー」と息を吹きかけられる。


//左側の近くから


「はい、左耳はおしまい。次は右耳だね。ほらほら、ゴロン、ゴロンって顔の向き変えて」


 あなたは体を転がして顔の向きを変えるが、千夏と向かい合う体勢で動きを止めた。


//正面の近くから


「………んふふ。どうしたの?私の顔ジッと見つめちゃって。

 もしかして、キスしたい………とか?」


「……いいよ。してあげるね」


 千夏は火照った顔であなたの唇にキスを落としかけた所で我に返り、台本を読むのを止めて口調を元に戻した。


「………は?いや、はぁ?ちょっと待って、なにこれ。お姉ちゃんに何させ……え、ほんとにしたの、これ、キス。

 ねぇ、お姉ちゃんとあんた、キス、したわけ?」


 彼女の目からはハイライトが消え失せ、いつもより一段階圧の強い口調になっていた。


 あなたが慌てて『してない』旨を伝えると、千夏は安心した表情で「ホゥッ」と息を吐いた。


「よかったぁ……あんたの唇が先にお姉ちゃんに盗られ…………じゃなくて!あんたみたいなのにお姉ちゃんの唇が消費されないで――」


 千夏はそこで言葉を止めて、真剣な顔つきになる。


「……目、瞑って」


「いいから」


 千夏の顔が自分の方へと近付く気配を感じる。


 「ちゅっ」と、柔らかな感触があなたの唇に触れた。


「目、開けていいわよ」


「何したのって………言わないとわかんないわけ?」


 今度はあなたが目を開けた状態で唇に「ちゅっ」と、キスを落とした。


「……したのよ、キス。あんたの唇に。あんたのことが好きだから、キス、したの」


「………黙んないでよ。って言うか、今日のASMRはもう終わり。早くどいて。もう帰るから」


 あなたの頭をどかして、千夏がベッドから立ち上がる。


(ベッドの軋む音)


(扉の開く音)


「そういうことだから、返事は考えといて」


(扉の閉まる音)


 素っ気ない口調とは裏腹に、千夏の顔は耳まで真っ赤だった。

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