第4話 ご主人様の膝の上に跨って

 最近はASMR以外でも千夏と話すことが増えて、茜の部屋よりも千夏の部屋にいることの方が増えていた。


 今日も今日とて他の家族がいないタイミングで千夏の部屋にお邪魔して、やって欲しいシチュエーションがあるのだと提案してみる。


「……いきなりなに。私にやって欲しいシチュエーション?……ASMRの?」


「まあ……別にいいけど。どんなやつ?」


 若干嫌そうな声を出されて却下されるかと思ったが、案外すんなり提案が通ったため、シチュエーションのタイトルを言ってみた。


「メイドとご主人様のしゅじゅう……なんて?」


 『メイドとご主人様の主従プレイ!』と声高に宣言してみたが、今一ピンと来なかったのか聞き返して来る。


 シチュエーションの詳細を説明してみると、千夏は思い切り顔を顰めてあなたを睨みつけた。


「……よくわかんないけど、とにかく、私がメイド役。で、あんたがご主人様ってことね、この変態」


 先日衝動的に買ってしまったメイド服を着用するようお願いしてみれば、今にも刺して来そうな視線を向けられる。


「メイド服なんて着ないわよ!!

 百歩譲ってそのシチュエーションはやってあげるけど、そんな恥ずかしいコスプレ絶対嫌だからっ!!」


「ちょっ、そんなに落ち込まないでよ!!わ、わかったってば!着ればいいんでしょ!?着れば!!」


「何でもいいから早く服渡しなさい!!着替える前のこの瞬間が一番恥ずかしいのよ!!」


(メイド服を手渡す音)


「じ、自分で着れるからあっち向いてて!………もう……バカ」


 お互いに背を向けて、千夏はメイド服を、あなたはどこぞの貴族が着そうな正装に着替える。


(衣擦れの音)


「………はい、着れた。もうこっち向いていいわよ」


「ちょっ!!撮影禁止!!こんな格好してるとこ脳以外の記録に残さないで!!

 ………まぁ、かわいいって、喜んでくれるのは……嬉しいけど」


 最後の所が超小声過ぎてあまり聞こえなくて聞き返してみる。


「なんでもない!!ほら、さっさと台本貸して、椅子に座りなさい!!」


 あなたは千夏に台本を渡して、部屋の中心に椅子を移動させて腰掛けた。


(台本を渡す紙の音)


(椅子を移動させる音)


「……さ、読むわよ」


 千夏は「ごほん」と声を整えるように咳払いをひとつ、普段よりも少しだけ低音で、はきはきとした口調に変えて台本を読み始める。


「……ご主人様、お仕事中の所失礼いたします。

 ご主人様から私に用があると他のメイドから聞きましたが……」


「やってもらいたいこと……と、言いますと?」


「肩揉み……で、ございますか。いたします分には差し支えないのですが、ご主人様には専属の施術師がいると伺っております。

 ですので、私ではなくそちらに申し付けた方が……」


 あなたは自分の書いたシナリオ通りに読んで千夏を褒めると、演技ではなく本当に照れた様子で頬を搔いた。


「……私に触れられると癒される……。

 承知いたしました。そう仰られるのであれば、誠心誠意、心を解して差し上げます。

 では、早速肩揉みいたしますので、どうぞ、楽になさってください」


 言われるままに肩の力を抜くと、千夏はあなたの背後に回った。


//後方の正面の近くから


「後方から失礼いたします。では、肩揉みを始めますね」


 千夏は一瞬悩んでから、あなたの肩を揉み始めた。


「ん……ん…ん……」


 程よい強さで肩を揉まれる度に有声音の吐息が漏れ、段々と乱れていく。

 荒い呼吸のまま耳元に唇を近付けられる。


//斜め左後方すぐ近くから


「力加減は……いかがでしょうか……?」


 あなたはそれなりに肩も解れたため、千夏に自分の前方に回るように命じた。


「はい、かしこまりした」


 千夏は命じられたまま後方からあなたの前方にぐるりと移動した。


//前方の正面の近くから


「ご主人様の前方に回り……ました」


「はい。ご主人様の膝の上に跨って……」


 千夏はシナリオ通り、あなたの膝の上に跨るように腰を下ろした。


「そのままご主人様のことをギュ~っとハグ……」


 命じられた通り、千夏はあなたの膝に跨ったまま背中に手を回しかけたが、寸前で我に返ったように体を離した。


「……って、何やらせようとしてんのよ!!」


 膝から降りようとした千夏の身体を、あなたはやや強引に自分の方へ引き寄せる。


 千夏は大声を出しかけるが、あなたの耳元で気を遣ったのか声を小さくしてくれる。


「ちょっ……抱きついてこないで!!」


//右側の近くから


「こ、こんな体勢でそんな密着……か、身体の色んな所が当たって……!」


「ま、まだ続けるつもり……?

 ……ご主人様のお体も…ポカポカしていて……気持ちよく、ございます…」


「こ、このままでいるのは構いませんが……その……お、重く……ないでしょうか…?」


「……それなら…良かったです。お言葉に甘えて、もう少しだけ……寄りかからせていただきます」


//右側のすぐ近くから


 あなたの首元に鼻を寄せて、「すんすん」と匂いを嗅がれる。


「……ご主人様の匂い……安心します」


 千夏はあなたの首元で「ちゅっ」とリップ音を鳴らした。


 今の音はなんだろうと疑問の声を漏らすと、千夏は弾かれたようにあなたの首元から顔を離した。


//正面の近くから


「はっ!?い、今のはそのっ、別に首元にキスしたとかそういうのじゃなくてっ、そのっ、も、もう終わり!早く離して!」


 あなたが手を離すと、千夏は慌ててあなたの膝から降りた。


//正面の中くらいの距離から


「服も着替えるから、あっち向いてなさい!」


(服を着替える衣擦れの音)


 着替えている最中、小さな声が聞こえてくる。


「あんたの格好も似合ってたわよ……ご主人様」

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