第4話 名画に学ぶ情景構成

今回は以下の作品を取り扱います。

「海の漁師たち」ウィリアム・ターナー

「青空ーアルゼット」笹倉鉄平

「赤い楔で白を穿て」エル・リシツキー


前回、前々回といろいろな人間の行動と構図から視覚的効果のある情景の作り方を考えてきました。今回はさらに視覚効果を狙える要素を絵画を元に読み解いていきます。


・スポットライトのように対象物だけ照らす

では、「海の漁師たち」を見てみましょう。絵の場面は暗い夜の海。不気味に大きく波打つ海のはるか上では満月が黒雲から顔を出し、ランプの明かり一つで漁をする漁船と遠くに見える巨岩群の影を映し出す…、といった雰囲気の作品です。

この作品では月明かりに照らされた部分以外は真っ暗に描かれているため、余計に漁船に視線が注がれます。「スポットライトのように」といった効果がこれで、つまりは魅せたいもの以外の部分を意図的に見せず、確実に狙ったものに注目してもらいたいときに効果的です。


異世界系のアニメや漫画などでダンジョンを探索し、宝箱が光芒の光の中にある…といったシーンを見たことがある方は理解しやすいだろうと思います。

逆に一部分だけを暗くすると、いかにも謎解きの鍵が隠されていたり、重要な伏線があるように見せられます。犯人や容疑者の目元だけ影で塗られているようなシーンは漫画でもよく見かけますね。


・強烈な明暗でなくても光の度合いによって注目度は変わる

写真好きの自分の視点でいうと、上手なポートレート写真では人物以外に光の入れ方が上手いというイメージがあります。

これは暗い映画館で妙に非常出口の緑の光が気になる現象の応用です。より重要な要素は明るい場所に置くといいという考え方で、人間は明るい方により注目するという性質があるようです。1つ目のような極端な明暗の表現でなくても場所によって光量に差があれば十分視線誘導に使えます。

人間は明暗に対して敏感なのだと思います。赤ちゃんは生まれてしばらくの間はっきり物が見えず、明暗を感じ取って認識していると言われているように、光に反応するのは人間の最も基本的な反応なのでしょう。

それでは「青空ーアルゼット」という絵を見てみましょう。川沿いの町並みを描いた絵ですが、右に行くほど明るくなっています。最も明るく、注目しやすいのは川の右側に立つ建物です。そこから視線を上にたどると光に照らされた町並みが見える、といったように印象的な要素が印象的になるために、明暗が使われているとわかります。


・全体のイメージで決着をつける

文章風に言い換えると、「空間全体の印象や、こういう印象を持ってほしいといったような概観を先に述べておく」という作業になります。

例文を使うと、

その部屋は薄暗く、置いてあるほとんどのものが埃を被っている。ほのかにカビ臭くカーテンは閉まっている。

この例文の最初に全体の印象を付け足すと

その部屋は陰気臭く、長らく使われていないように見える。部屋は薄暗く、置いてあるほとんどのものが埃を被っている。ほのかにカビ臭くカーテンは閉まっている。

といったように「読者がこの情景をどう受け取るべきか」を誘導できるという、ちょっとっしたズルのような技です。


しかし「印象を決定づける」という要素はときにかなり有効です。ソ連初期に描かれたリシツキーの抽象画「赤い楔で白を穿て」という作品は、赤色の三角形が白い円に刺さっている、といったモチーフの作品ですがタイトルにもある通り赤い三角は共産主義勢力、白い丸は敵である白軍を表し、飛び散る破片のような表現からも白に突き刺さる共産主義の力強さがひと目で分かるような工夫がされており、プロパガンダとして有効でした。試しに他のプロパガンダポスターなど見てみましたが、兵士が戦うような絵柄よりも印象的で、かつ端的に情報を受け取れる感じがします。

つまり意図を持って印象を表現すると、ときに具体的に表現するよりも有効な場合がある、ということだと思います。どんなときにこの技法を使うかは正直センスや経験に頼る面が大きくなる気がしますが、一つの表現方法として持っておくのもアリかと思います。


今回はこれで終わりです。3つのテイストの違う絵画から小説で使える技法を抽出してみました。正直これまでで想定よりも説明が多くなった気がして、必要ないかも知れませんが次回は小説にありがちな状況などを書くときにどういう表現ができるか、例示のようなかんじでやれたらと思います。

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研究!名作を分析して表現を磨くのだ〜 本気で異世界小説をつくる人 @WMA

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