第4話 宣言
不思議な関係が始まって一週間程が過ぎた。
茉白は欠かさず毎日料理を作りに来ている。
「なんというか……餌付けされてる犬になった気分だな」
「突然何を言うのかと思えば、なんですかそれ」
「毎日ご相伴になっていると、可哀想な捨てられた動物に餌をあげる優しい飼い主に拾われた気がしてな」
「来栖さんの場合は捨てられた動物より、死にかけの動物でしたけどね」
「そんな事はないだろ。ちゃんと食ってたし」
しかめっ面になり反論した。
「カップ麺や非常食は非常時に食べるものであって、普通に生活してたらそんなもの食べませんよ」
胸を矢で撃ち抜かれた気分になり「うっ……」と唸り声が出てしまう。
「はいおっしゃる通りで」
「なので、死にかけの動物の方が表現としては正しいかと」
「すいませんね。不摂生な食生活で」
肩を竦め、わざとらしく拗ねる優陽。
「まあ、私としては料理が余らなくて済むので、いい拾い物をしたと思ってます」
「残飯処理か俺は」
「嬉しくないと?」
「いえ美味しいご飯をありがとうございます」
わざとらしく頭を下げ礼を言う優陽を見て「どういたしまして」と綺麗な姿勢で頭を下げる茉白。
「まあ、降って湧いた幸運という事で」
「一生分の運、使ったかな、俺」
この先の人生の運は残っているのか心配になる優陽をよそ目に、顎に指を当て「んー」と何か悩んでいる茉白。
「どうしたんだ?」
「いえ、来栖さんをもっと餌付けした方がいいかと思って」
「何故に?」
「そうすれば、もう前の生活には戻れなくなるでしょう?」
「そりゃまあ、これだけ美味しいもの食ってたらな。虚しくはなるかもな」
急に貧相な食事に戻った時は多分味がしないだろうなと内心思いつつ、もう十分餌付けされている気もする優陽である。
「ですので、まだまだ頑張って餌付けしていきますよ」
「これじゃあペットだな俺は」
「良かったですね。優しい主人に拾われて」
「冗談も言えるんだな」
「私は本気ですよ?」
マジか、と苦笑いが出て、自分の立場に悩む優陽。
「飽きない食生活を提供する事をお約束しましょう」
「もう確定事項なんだな」
「あなたが不摂生な食生活をしていなければこうはならなかったのですよ?」
「ごもっともで」
自分の情けない食生活を管理してくれる彼女は持ち合わせていないが、どうやらお姫様は居るらしい。
(返しきれないくらいたくさん貰ってる気がするな)
ともあれば、優陽自身にも思うところはある訳で。こんな美少女の手料理にありつける事なんてある訳ないと思っていた少し前の生活からしてみれば考えられない事である。なんと恵まれた事か。
素直に受け取るのが一番望ましい事で、嬉しい限りなのだが、同時に少しだけ変化した日常に慣れない自分が居る。
「——来栖さん?」
茉白の声に、はっ、と現実世界に戻される。茉白がこちらの顔を窺うように覗き込んでいた。
「来栖さん、どうかしましたか?」
「わ、悪い。なんだ?」
「いえ、目が据わっていたのでどうしたのかと」
まだ慣れていないこの環境に、ついついぼう、っとしてしまったらしい。
茉白の澄んだ碧の瞳の不思議そうにする眼が、ぱちり、と一回瞬きを挟んだ。
「いや、なんでもない」
「そうですか?」
「ああ、大丈夫。なんでもないから」
口元に弧を描き軽く笑ってみせると「こほん」と一回、咳払いを挟んで茉白は言葉を紡いだ。
「優しい主人から一つ、来栖さんに宣言します」
「宣言?」
まだ続いていたのかそれは、というツッコミは置いておいて、茉白の宣言という言葉に眉を寄せた。
ふわりと笑い。
「はい。来栖さんが忘れられないくらい、たくさんの幸せをあげます」
茉白はそう言った。
甘やかし上手なお姫様に骨抜きにされた 夏野涼月 @natoki
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