第10話 橙色

 2人で改めて話をするために、私が一度行ってみたかったカフェに行ってみることにした。隣に書店があって、すごくツボにくる。私はオレンジピーチティー、空木は水出しコーヒーを飲んでいる。


 オレンジの果肉がいっぱい入った飲み物を飲むと、爽やかな酸味と程よい甘味が口の中で混ざり合った。初めて飲む味だったけど、あまりにも美味しいからワンサイズ大きいものを頼めば良かった、と後悔した。



「これ美味しいです……」

「へぇ、そんなに?」

「はい。無くなるのが惜しすぎて少しずつ飲んでます」

「へぇ〜。今度俺も飲んでみようかな」

「ぜひぜひ!」

「ところで、本題に入るんだけど。………色葉さんは俺のこと好きなんだよね」

「は、はい?そうですが」



 困惑しながら答えると、空木が遠い目をしていた。いつもの自己肯定感に溢れた空木ではなく、どことなく迷子になって途方に暮れている子供みたいだった。



「……恋ってなんだろうね」



 来たか、と思った。


 いつか絶対向き合わない議題だと思ってた。私が空木と恋人になるためには、(咲良さん曰く)彼の「恋愛が面倒」と思っている気持ちと向き合わないといけない。



「えっと、恋するというのは、『人を好きになり、ずっと会いたい、そばにいたいと思う気持ち、満たされない気持ち』を持つことです」

「うーん、そういうことじゃなくて」

「あ、やっぱり違いましたか」



 場の雰囲気を和まそうとしてボケてみたけど、空木は苦笑いになってしまった。だめだったか……残念。



「そういう国語辞典的な返事は期待してなかったんだけど、ありがとう。……じゃなくて。俺が言ってるのはクレーム」



 フォローをしてくれたけど、「恋愛に対してクレーム」という言葉にびくっとする。面倒というよりか、嫌がっている感じなのか。



「恋愛に対してクレームを持つ人初めて見ました」

「そう?でも、あんなのなかったら、もっと楽に生きられるのにって思う。バグだよバグ」



 今までにない嫌悪感を全面的に出す空木が、なんだか少し怖いし、可哀想だ。



「元々恋愛感情を持たないという人もいますが、空木くんもそうなんですか?」

「そういうわけではないかな〜。昔は普通に恋愛してたと思うし」

「そうなんですね。ではどうしてですか?」

「だって、俺は散々な目に遭わされてきたんだよ」



 その、ポツリとした一言に胸がずしりと痛む。彼は容姿端麗だし、面倒見がいいし、聞き上手だから、好きになる人も多いだろう。トラブルが多かったことは容易に想像できる。



……でも。


 叶わなくてもいいと思ってた時でさえ、空木への恋心は私の生きる支えになっていたのに。彼にはそれがないなんて、どれだけ辛かったのだろう。(彼にとってはそれが普通だったのかもしれないけど)



「あと、俺はわからない。親愛と恋愛の違い。性欲との違いが。あと、ラブソングとか聴いてもまっっったく共感できない」

「せ、性欲……」

「ああ、ごめんね。俺って好きじゃなくてもそういう気持ちになれるんだよね。幻滅した?」

「い、いいえ……大丈夫、です」



 直接的な表現にたじろいだけど、私だって彼にそういう気持ちを抱いたことはあるから、落ち着いて聞けば平気だった。



「一緒にいると楽しい=恋人、じゃないじゃん」

「まあ、確かに」

「色葉さんに言われるみたいに、好きって言われるのはすごく嬉しいんだよ。ただ、ひたすらに恋がわからないし嫌いだし怖い。だから、もし、色葉さんが付き合いたいって思うんなら付き合ってもいいけど、色葉さんと同じ気持ちにはならないよ」



 恋人にはなれる、けど、それは私が望んだ『コイビト』じゃない。………愛を囁き合うことは不可能、ということか。


 ぐむむ、となっていた私に、空木は不思議そうに話を続ける。



「でもね、不思議なんだよ。俺、自分から深い関係を作ろうとしないの。恋に発展する可能性があるから。でも、色葉さんとは『もっと関わりたい』って思った」

「えっ」

「あと、なんで思ったかな。あ、『守りたい』『会いたい』って思った。今日も楽しみだったし。……どうしたの?」



 空木からの言葉を聞いて、全身が燃えるように熱い。体がそのまま溶けて、なくなってしまいそうだ。嬉しすぎて、どうにかなりそうだ。


 どうしよう、絶対空木、私のこと絶対好きだと思う。でも、本人が自覚していない。本人がわからないと恋は意味がない。



 だから、私は勇気を出す。空木のことが、大好きだから。彼のことが、大切だから。


 決意して、私は口を開く。



「空木くん」

「どうしたの、色葉さん」

「………わ、私が恋を教えてあげるよ」


「ほんと?色葉さん、恋が怖くないって、俺に教えてくれる?」



 困っている小さい子みたいな目でこっちを見る空木。二月前は見ることすら叶わなかった。一月前は見つめ返すことがなかなかできなかった。


 空木が、ほしい。


 決意した私を止める人は、誰もいなかった。



「はい。恋が素敵なものだっていうのは、空木くんが私に教えてくれました。この二ヶ月で、より一層その思いは強くなったと思います。今までの人生の中で一番幸せで、煌びやかな毎日です。だから、私が今度はその美しさや多幸感を空木くんにいつか見せます。だから、私に任せてください」



 人生で一番真剣に告白した気がする。じっ、と見つめてると、だんだん恥ずかしくなってきたが、こくん、と空木が頷いた。


「……わかった。俺、色葉さんと向き合うよ」

「!!」

「これから、よろしくね色葉さん」

「はい、宜しくお願いします!」


 2人で同時に手を出して握手になってしまったけど、それもまた幸せだな、と私は笑みが溢れたのだった。



嘆くならファジーネーブル「恋」という言葉をつけよう君と同じね


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る