第11話 群青色
「Quello ch’io provo vi ridirò,
è per me nuovo,capir nol so〜♪」
今日は珍しく喫茶店ではなく、大学のフリースペースで二人でいる。正式にお付き合いすることになったので、大学で堂々と二人でいよう、という話になったのだ。(誰も何も言ってこないのは、もしかして咲良さんが裏で手回しをしているからなのだろうか……)
空木が何か歌いながら課題をしている。残念ながら英語ではない、ということしか私にはわからなかった。………めちゃくちゃ歌が上手いなこの人。
ぼーっと聞き惚れていたけど、後で何かで聞き直そうと思って、私は空木にタイトルを聞くことにした。
「空木くん、歌上手ですね。初めて知りました」
「ありがとう。あれ?でも学科の飲み会とかでも歌ってるよ俺」
「飲み会は絶対不参加主義なので」
あんなにタバコとお酒があるうえに人に気を遣わなくてはいけない空間は地獄でしかない。だから、私は今まで空木の歌声を聞いたことがなかった。……惜しいことをしたな。無理してでも参加すればよかった。
「あー色葉さんいつもいなかったね、そういえば」
「で、空木くんは何歌ってるんですか?」
「あ、これ?これはね、『恋とはどんなものかしら』っていう曲」
「!?」
私は飲んでいたミネラルウォーターを吹き出しそうになった。タイトルがストレートすぎる。
「フィガロの結婚、という
「あ、これオペラなんですね。な、なるほど」
どおりでキーがめちゃくちゃ高いわけだ、と私は納得した。
「この話は知ってる?」
「いえ、知らないです」
「じゃあ、ちょうどいいや。この2人はどうなったと思う?」
「えっ」
空木にそう質問されてしばし私は考える。メタ的な考察をすると、こういう海外の話ってだいたいバッドエンドなんだけど(アイーダとか)………
少年と、伯爵夫人の恋。絶対ただで終わるはずがない。
「……少年は伯爵夫人の前で処刑、伯爵夫人は一生幽閉、とかですか?」
「色葉さんえぐいね。そこまでじゃないよ。もっと平凡な終わり方だよ」
「よ、よかったです」
おずおずと一番悪いエンドを伝えた私に、空木はけらけら、と笑った。邪推しすぎたな、と思ってほっとした。危ない危ない。
「平凡だよ、夫人は伯爵との愛を深めて終わり。少年は庭師の娘と結婚して終わり。あっけないよね」
「……なんか、ドラマチックじゃないですね」
「ここから俺が言いたいのは、『恋って刹那的で意味がない』ってこと。打算的な方が良くない?」
「打算的、ですか」
打算的、というのは空木を見てるととてもそう思う。彼は自分の不利益になるようなことはしない。それを判断するのがとても早い。正直、私に声をかけたのも打算的な思いからなのだろう。
三ヶ月前では、わからなかったことだ。でも、私は幻滅するどころか自分とは違う彼に惹かれていく一方だ。私はついつい自分のことを二の次にしてしまうから。
「……私は、そうは思いませんよ」
「どうして?」
「刹那的ではあるかもしれませんが、意味がないとは思いません。少年にとっても、夫人にとっても、そして私にとっても」
「そういうもんかねぇ」
「『恋とはどんなものかしら』ですよね。私だったらこう返します」
私はお気に入りの新しく買ったペンと群青色のノートを取り出して、さらさら、と短歌を詠んだ。
君は問う。「恋とはどんなものかしら」君にとってのアズライトなの
「相変わらず詠む速さがレベチだな。……アズライトって?」
「
「そんなに?」
「はい」
「へぇー。調べていい?」
「どうぞ」
微笑みながら私は空木がスマホを取り出して、調べるのを待つ。少しして、見つけたのだろう。彼の目が輝きだした。
「え!なにこれ!めっちゃ綺麗なんだけど!」
「いいですよね。宝石としても売られてるみたいです」
「へえ、知らなかった、教えてくれてありがとう」
空木に微笑みながらお礼を言われて頬が熱くなる。思惑を忘れてしまいそうになったけど、そこは慌てて持ち直した。
「空木くん、どうして私がこの話をしたんだと思います?」
「えっと。………俺が青好きだから?」
「私が空木くんのことを想ってるからですよ。好きだからです。好きだから、青に関係することはあなたと結びつけます。教えたら喜んでくれるかな、とか」
自分の気持ちを口にした瞬間、空木は嬉しいような、困ったような顔をする。その顔をされるたびに心がちくっとなる。
ああ、今回も困らせたなって。
「あ、あざす」
「どういたしまして」
付き合い始めてから、恋に対する問答をここ一ヶ月ずっと続けてるが、空木の返事は「ありがとう」以外のものがない。
嬉しいけれど、「受け取れない」と突き放されてるようでもあって結構堪える。
うーん、恋愛アレルギー(私が勝手に呼んでる)改善の道はなかなか険しいな。
「……色葉さんも飽きないよね。俺、見込みないし、別の人のところに行っていいんだよ?」
「恋人が欲しくて空木くんといるわけじゃないので」
そういうと、空木はまた困った笑いを浮かべたのだった。
続
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