第8話 苗色

 あの衝撃的な出来事が起きた後、週の後半は文芸部の活動をしたり、バイト(図書館司書)をしたり、課題に追われたりしてそこそこ忙しかった。日常に少し戻された気がした。


 ……そして、また月曜日が始まった。

 元々月曜日は2コマ目に短歌の授業があって楽しみにしてたけど、放課後に空木と課題をやれるという楽しみがあってますます楽しみになった。


 あ、でも藤原教授の課題が今までと同じだったら空木自分で作っちゃうか。


 寂しい気持ちを抱えながら、眠りについた。


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「みなさん、素晴らしい短歌ありがとうございました。一首一首、拝見させていただきました。さて、本日の課題ですが、「色」はそのままに、追加をさせていただきます。「表現技法」を取り入れてください」



 2コマ目。その心配が杞憂だったことを実感した。学生たちがえー!って言っているのを教授はにこにこしながら、



「がんばってくださいね、楽しみにしてますよ」


 と、言って席に着いた。


 あーなるほどな。だんだん難しくしていく感じなんだ……


 と思って少し遠くにいる空木を見ると頭に大きな「?」を浮かべている。


 

 なんだか空木の表情が小さい子みたいで可愛かったので、くすくすと笑ってしまった。


 さて、今回はどんな短歌を詠もうかな。


 気合いを入れ直して、私は表現技法と色を入れた短歌をすぐ詠んだのだった。



若苗が生まれたばかり微笑んで空を見上げる我が故郷(ふるさと)で



……よし。ちょっと時間はかかったけど、提出しにいこう。


 課題シートとノートに書き写した後に立ち上がって、いつものように藤原教授のところに持っていく。



「先生、できました」

「おお、色葉くん、相変わらず早いね。こだわりを聞かせてもらえるかな?」

「はい。擬人法を使ったところです。あと、普段は相聞歌ばかりでしたが、今回は風景に挑戦してみました」

「この若苗が主役であり、色彩にかかっているわけだね。君の故郷は……」

「秋田です」

「なるほど、納得したよ。今日も素晴らしかったよ。退出してよろしい」

「……はい、ありがとうございました」



 空木を手伝いたい気持ちと、「下手な注目を浴びてしまっては彼に迷惑をかける」という気持ちで葛藤して、結局教室を出てしまった。



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「表現技法って定期テスト以外で使うんだね」


 4コマ目の後、前とは違う喫茶店で待ち合わせして、席に着いて開口一番こう言われた。身も蓋もない言い方すぎてちょっと面白かった。


 今日は少し肌寒いから私はホットミルクティー、空木はホットブレンドコーヒーを飲んでいる。



「使いますよ」

「教科書のここ!暗記!テスト!ってしかイメージがないから今初めて壁にぶち当たってる」

「表現技法はわかるんですよね?」

「知識としてはね。でも、俺全然何も思いつかなかった。びっくり」



 落ち込んでる様子はないけど、ただ驚いている顔の空木。未知のものを見た子どもみたいで愛くるしい。



「と、いうわけで宜しくお願いします、色葉大先生」

「や、やめてください、恥ずかしいので……。色から決めたほうがいいと思うのですが、青にしますか?」

「うん、そうしたいな」



 相変わらず空木は青が好きみたいだ。確かに、今日のアウトドア系のアウターも青でとても似合っている。



「わかりました。えっとですね。表現技法を入れよう!として意識して入れる場合、圧倒的に比喩が一番やりやすいんです」



「なんで?みたいな、ってつけなくちゃいけないのに?」

「だからです。◯◯は××みたいだ、って言ったら上の句もしくは下の句ができるので」

「なるほどね。またサッカーの話で考えてみるか」


 本当に空木はサッカーが好きなんだな。知ってたことだけど、少し嬉しくなった。



「ユニフォームの青色を別の何かに喩えたら良いかも知れませんよ」

「別の何かか。……あ!あのさ、俺の好きな選手の二つ名みたいなのあるんだけど」

「へえ、なんですか?」

「『青い稲妻』って呼ばれてて。カッコよくて好きなんだよね」



 サッカー選手に二つ名とかあるんだ、と思って知見を得た。あと、空木の目がキラキラしててかわいい。



「じゃあ、彼のことを詠みましょう。彼のポジションは……」

「トップ下だよ。ピンチの時にいつもなんとかしてくれるんじゃないかって思わせてくれるんだ」

「じゃあ、それを詠んでみましょう。きっと良いものが出来ますよ」



 わかった、といって前よりもスムーズに空木は短歌を詠みあげたのだった。



トップ下チームの支えピンチなら青い稲妻みたいに駆ける



「色葉さんなら……」


 そうやって空木が言いかけてたので、思いついて、ノートに書き留めていた短歌を見せることにした。


「あ、もう詠み終わってますよ」

「はやっ!?表現技法は?」

「勿論です。こちらになります」


 少し照れ臭かったけど、ノートをそっと出した。だって、空木はいつも褒めてくれるから、少しだけ自信がついた気がしたから。



トップ下チームを守り攻めていく青い稲妻青い雨雲



「えっこれ対句!?比喩!?何これ」

「体言止めも入ってます」

「色葉さんすごすぎでは」

「あ、ありがとうございます。でも、空木くんも倒置法使えてますよ」

「ほんとだ!もう少し捻ってみようかな」


 そう言ってうーん、と考え始めた空木に、私は微笑ましい気持ちでいっぱいになった。




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