第7話 水縹
「と!言うわけで!さくらと彩ちゃんは仲良しになりました!」
「……いつの間にそんな仲に……」
咲良さんが、空木の前で私をハグする。それを見て、空木がひたすら苦笑いをしていた。
本来の彼女は美人四姉妹の末っ子らしく、甘えたいタイプなのだそうだ。そのせいか本来の彼女はスキンシップが多い。姉妹同士でもまだ私は慣れてなくてしかめ面をしてしまうが、照れてるだけだよ、と彼女にはもう伝えている。
「小野が誰かに懐くの初めてじゃない?」
「そうなんですか?」
「うん、彩ちゃんがはじめてだよ!」
そう言って咲良さんはニコニコしながらぎゅーっとわたしを抱き寄せる。周りの人たちが何事かと私たちを見つめるが、咲良さんも空木も私よりは背が高いので私に気づく人は誰もいない。
「じゃあもう俺の助けは必要ない感じ?」
「なんで?さくら、空木とはふつーに話したいよ?」
「そかそか。これからもよろしく」
「うん!よろしくね〜」
そうやってハイタッチをする2人。わかりきっていたけれど、とても絵になる。とてもお似合いだ。
そう思った瞬間に、ちくっと胸を何かが刺した気がした。自分が昨日『トクベツ』と自惚れただけにダメージがそこそこある。私よりずっと、長い時間共に過ごした2人の、絆を感じてしまった。
いいなぁ。
ひとりごちてしまったのを、咲良さんに聞こえてしまったみたいだ。
「え、彩ちゃんも空木とハイタッチする?」
「俺は構わないよ」
「え、遠慮しておきます……私にはまだハードルが高いので……」
急な提案を丁重にお断りした。隣にいるだけで心臓が爆発しそうなのに、手が触れたら2度と帰って来れない気がする。というか、なんで空木はノリノリなんだ。
「そっかぁ〜。じゃあさくら次の授業行ってくるね。今度3人でおでかけ行こ!」
「いいよー」
「はい、ぜひ」
手を振りながら咲良さんにウインクをされた。今まで見たあらゆる人のウインクの中で一番美しかった。多分上手くやりなよ、という彼女なりのメッセージなのだろう。
大学のフリースペースで空木くんと2人っきりになってしまった。まずい、何か話さないと、と焦る気持ちが私を逆立てる。
「あ、あの!……………短歌、上手くできてよかったですね」
「うん、色葉さんのおかげだよ。俺、ちょっと短歌詠むの好きになったかも」
「本当ですか!!良かったです!!」
空木が短歌を好きになってくれてとても嬉しい。教えて良かったな、と胸が温かくなってきた。
あれ?でも自分で詠めるようになったら私要らないのでは?
私が一喜一憂していると空木がニコッと笑って、
「だから、俺にもっと色々教えてくれる?」
「……え?本当?…………ですか?」
私は信じられない、と言う気持ちで空木を見ると、頷いてくれた。たった一回だけだと思ってくれたから余計に嬉しかった。
「うん、これからもよろしく」
「……はい」
……ああ、どうしてこの人はいつも私の心の蟠りを解消してくれるのだろう。
来週も2人で会う約束をした後、咲良さんからグループLINEの招待が来て、行動が早いなと2人で笑った。その瞬間が愛おしくて幸せだったのは言うまでもない。
ーーー
「それ、空木くん、あやせんせーのこと好きなんじゃない?」
「ぶっ」
文芸部で私が短歌集を整理しながら、この数日あったことを幼なじみ兼腐れ縁の
杏は小学生の時からの私のファンらしい。小5のときに「作文感動しました!あやせんせーと呼ばせてください!」と言われた時は驚いたものだ。
彼女は行動力の化身で、この文芸サークルも「あやせんせーの短歌を世の中に知らしめないなんて勿体無い!」と作ったらしい。情熱の掛け方がすごい。ちなみに、大学内で数少ないタメ口で話せる相手でもある。
私が空木のことを好きになってからずっと彼のことについて話していただけに、今回の急展開には目を輝かせていた。
「空木くんって小野さんの話だと恋愛に積極的なタイプじゃないんでしょ?あやせんせーの気持ちも知った上でまたお願いって提案するってよっぽどだよ」
「……そうかな。自惚れていい?」
「勿論。ていうか、あやせんせーはもっと自分に自信持って」
杏の言葉の力強さにいつも勇気づけられるけれど、今日は特にそうだった。様々な自分のやりたいことを叶えてる彼女の言葉は、いつも私を後押ししてくれる。
「ぜ、善処します」
「ぜひ。ところで、話変わるんだけど」
「なに?」
「あやせんせーはさ、空木くんと付き合いたいの?」
「……わかんない」
杏に急に質問されて困惑してしまった。だって、数日前まで雲の上の人だったのだ。考えたことすらなかった。
うーんうーん。空木の隣にいる自分、手を繋いでる自分、抱きしめられてる自分。全然想像できない。お付き合いをしたことがないわけではないけれど、絵として成り立たせられないというか……
困惑している私を見て、杏はやれやれ、と言う表情をしてからニヤッと笑って、
「他の人が空木くんと付き合うのは?」
「嫌」
間髪入れずに返事をする。咲良さんのときですら気が狂いそうだったのに、他の得体の知れない人ならもっと嫌だ。……もう、私の中で欲は止めることは無理だった。
「じゃあ、頑張って」
「う、うん」
……私は空木と恋人になりたい。例えあっちが恋愛が面倒だと思っても、彼にとってかけがえのない人間になりたい、と決意した。
続
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