第6話 黄蘗色

――突然の小野からの告白。


 嫌悪感ではなく、ただただ驚きを隠せなかった。偏見とかはないけれど、てっきり空木のことが好きだと思っていたからびっくりしてしまったのだ。



「えっ、小野さんは空木……くんのことは好きじゃないんですか?」


 私が困惑しながら言うと、小野はニコニコと笑いながら、でもなんとなく薄っぺらさを感じる笑顔で言い放った。


「ああ、さくらねぇ、男の子好きになったことないんだぁ。でも、空木のことは嫌いじゃないよ、だってさくらのこと『そういう対象』として見てこないもん」



 小野の言葉には重みがあった。彼女は万人から好かれる容姿をしている。言われもない幻想を抱かれることもあるだろう。普通の友人として接してくれる空木は貴重な存在なのかもしれない。敵意はすっかり消えて彼女に対して憐憫の念が湧いてくる。



「それは……貴重な存在ですね」

「うん。さくら、空木と話してるだけで男の子たち寄ってこないし。それにね、空木は恋するのが面倒なんだって」

「えっ」

「さくらが、『どうしてそういう目で見ないの?』って聞いたら、『恋愛するのが嫌いで面倒だから』って言ってたよ。来るもの拒まず、去る者追わず、って感じ?」



 小野の衝撃的な一言に絶句した。もしかして、とは思ってはいたけど。あんなに魅力的な人たちに囲まれて、何も思わないはずはない。彼女ら以外でも、声をかけられることはあるだろう。それでも特定の相手がいないということは、彼女が言っていることは正しいのだろう。信じたくなかったけど。



「だから、さくらびっくりしちゃった」

「えっ」

「空木が色葉さんと2人きりでいるの。色葉さんから誘ったの?」

「……いや、空木くんから誘われました」



 弱みを握られて、という言葉を心に秘めておいた。今その話をするとややこしいことになる気配がしたから。

 それを伝えると小野はびっくりしたように目を見開く。さっきのみんなの前で繕っている笑顔より、表情豊かで人間味があってこちらの方が好感が持てる。



「え!?なんでなんで?」

「短歌の課題が追いついてなかったらしくて、私に教えて欲しい、と……」



 そう正直に言うと、小野は不服そうに頬を膨らませた。………スレンダーなのに頬が柔らかそうなのはずるい。



「えー!空木、全てにおいて受け身なんだよ!遊ぶ時も、みんなで課題やる時も、何もかも。めちゃくちゃレアだよそれ!」

「え!?」



……知らなかった。てっきり空木がリーダーシップをとって色々してるものだと思ってた。だって、彼の周りには常に人がたくさん集まっているから。



「あいつ頭いいから、全部1人でできるんだよ。だから、そんな空木が自分から誘うって珍しすぎる!明日雪降るよ雪!」

「……この時期の雪は故郷だけで十分です……」



 話を逸らそうとして別の話題を振ったが、私は顔がだんだん熱くなってきた。


 だめだ、このままだと自分が空木の『トクベツ』だと錯覚してしまいそうになる。


 今まで、彼の見る風景に少しでも紛れ込めればいいと思ってた。エキストラでいいと思ってた。


 でも私は、相手役になりたいって、ハッピーエンドを迎えたいって、欲が高まってしまった。


「空木、それ相当色葉さんのこと気に入ってるんだねぇ」

「……あ、ありがとうございます……」



 私が深々と礼をすると、少し小野が泣きそうな表情になる。心細い幼い少女のような表情に少しちくり、と胸が痛んだ。



「……本当に空木のこと好きなんだね。さくら、振られちゃったな」

「お待たせしました〜」



 ぽつり、と小野が呟いたのと同時にちょうどご飯が来た。あのままだと気まずくて仕方なかったので良かった。


 小野は日替わり定食、私は日替わりパスタランチだ。日替わり定食には鶏肉と牛蒡を炒めたもの(名前がわからない)と米と味噌汁とサラダがついている。私のパスタはジェノベーゼだ。サラダとなぜか味噌汁がついている。



「美味しそう〜ありがとう、店長さん!」



 小野がそうやって明るく言うとキッチンの方から割烹着を着たメガネの青年が手を振ってきた。彼が店長か。小さい店だから聞こえてたみたいだ。もしかして、彼女がこの店を選んだのは信頼できる人間がいるからなのだろうか。



「いただきます」

「いただきまーす!」



 ジェノベーゼはあまり食べたことがなかったが、とても美味しかった。オイル系なのに、しつこすぎない。



「美味しい……」

「ね!おいしいよね!さくら、このお店のご飯大好き〜!」

「小野さんが頼れる人は空木くん以外いるんですか?」

「ううん、いない!女の子たちはさくらといるのがステータスだと思ってるみたいだし、男の子は空木以外はさくらのこと好きになっちゃうし」

「うわあ……」



 ステータス扱いされるのもだし、仲良くなる前に恋愛対象にされるのも気の毒すぎる。私はある決意をして彼女に話しけた。



「お…………咲良、さん。私、咲良さんとお友達になりたいです」

「え!?えっえっ!?!?!?」



 ただでさえ大きくて綺麗な目をさらに見開いて驚く咲良さん。



「ダメですか?」

「ううん!!女の子の友達できたことないからびっくりしてるだけ!!えっ!?いいの!?」

「はい」

「えっ、空木のことなんも教えられないよ?」

「咲良さんは咲良さんです」



 彼女に微笑みかけると、彼女はへにょ、っと顔を歪ませた。こうしてみると小さい子みたいだ。もっと、自分に素直に生きた方が良いのではないか、と思うぐらい。



「えーん嬉しい〜!さくら色葉さんとしかお話しない〜!」

「それは困りましたね」



 嬉し泣きをしている彼女を慰め、2人で食べるご飯はとても楽しかった。



昼時に黄蘗きはだ色の皿見つめてる新たな友情続くようにと



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