第5話 桜色

 あの後も緑と黒をテーマにした短歌をなんとか2人で作り上げた。時間はかかったけど、いいものができたと思う。



抹茶ラテ苦さと甘さじんわりと緑と白がカップで溶けて


珈琲の漆黒にただ誤魔化した疲れと眠気カフェイン頼み


---

 次の日、一緒に藤原教授まで提出しに行った。最初教授はびっくりしたような顔をしていたが、課題を読むと「よろしい、こちらの短歌は受け付けましょう。空木くん、良い先生に教わってよかったですね」


 と微笑んでくれた。それに満足した空木くんは「ありがとう、色葉さんのおかげだよ」と嬉しそうに帰って行った。


 私は「こちらこそありがとう」と言いたかったけど言えなかった。でもまあ、バレてるだろうからいっか。楽しかったな。


 そんなことを考えながら2コマ目の教室で、のんびりしてると。



「あの〜色葉さん、ですか?」

「………はい?」



 明らかに誰からどうみても美女が微笑みながら話しかけてきた。敵意を少しだけ纏って私は返事をする。全ての顔のバランスが綺麗に整っており、時代が時代なら天下を取れるだろう。


 私が敵意を纏ってる理由はただ一つ。


……この子は空木といつもいる『オトモダチ』の1人だからだ。


 空木は「今俺はフリーだよ」と言っていた。けれど、私みたいに恋慕を寄せる人なら数多くあるだろう。彼女もその1人かもしれない。



「……はい、そうですが」

「やっぱり!あの、私……」

小野咲良おのさくらさんですよね。同じ学科だから存じ上げてますよ」

「え、本当!?ありがとう!うれしいな〜色葉さんに覚えておいてもらえるなんて〜」



 屈託のない笑顔で嬉しそうに小野が両手を合わせる。悔しい、そんな所作まで美しいなんて。こんなに醜い感情を抱えている私とはえらい違いだ。



「それで、私色葉さんに相談があって」

「…………はい」



 慎重に言葉を選ぶ。ここは教室内だ。彼女はただでさえ人目を惹く。今でも数人が好奇と懐疑の目で私たちを見てる。下手なことを言うと、大学内で生きていけないかもしれない。彼女のファンに殺される……かもしれない。


 彼女が秘密の話をするように顔をこちらに近づける。困った、そんなに近くても美しいのは絶望するだけだからやめて欲しい。



「空木のことなんだけど」

「!!」



 ぶわわわっ、と敵意が全身に広がっていく。やっぱりか。空木と話しているところでも見られたのだろう。これが宣戦布告というものか、と警戒体制を一番強くした。(彼女と私では人間的魅力が天と地ほどあるから、勝負にすらならないと思うけど)



「授業終わったらお願いしてもいい?」

「……はい、わかりました。私でよければ」

「ありがとう!じゃあまたあとでね!」



 屈託のない笑顔で手を振って立ち去っていく小野。手を振り返した私には考えがあった。小野に協力するフリをして、空木のことを聞き出そう。私たちには2人きりになれる時間が週一回で保証されている。前だったら諦めていたけれど、今だったら、作戦次第で出し抜けるかもしれない。



 ほくそ笑みながら、二コマ目の近代文学論を受けた。ふと、宣戦布告のつもりで短歌を思いつき、ルーズリーフの隙間にこっそり詠んで書いておいた。



桜色勝てぬ戦と知ってても負けていられぬ恋を得るため


ーーー

「色葉さん、じゃあ行こうか!」

「はい、よろしくお願いします。どちらに行かれますか?」

「えっと、じゃあね、さ……私のおすすめのお店があるから、そこまで着いてきてくれる?」

「?……はい、わかりました」



 そう言って小野の後ろをついていく。少し違和感を覚えたが、その違和感はすぐに消えた。背が高く、すらっとした彼女にどんどんコンプレックスが溜まっていく一方だった。


「ここだよ!私のオススメのお店なんだ〜」

「……なんか小野さんのイメージと違いますね……」

「へ、変かな?嫌だったらいいけど……」

「いえ、大丈夫です。入りましょう」


 てっきりおしゃれな洋食屋でも案内されるかと思ったら、入ったのは庶民的な定食屋だった。値段も学生に優しいリーズナブルなものばかり。


 ……なんか意外だ。


「こんにちは〜!」

「あ、咲良ちゃん!大学の人?」

「そうなの〜!連れてきちゃった!」

「は、初めまして……」

「ゆっくりしてちょうだいね。ここどうぞ」


 店主に案内されて座った2人がけの席。狭いが清潔で古民家のようだった。それなのに定食屋のような親しみも感じる。



「色葉さん、わたしの奢りだから好きなもの頼んでね!」

「別に奢られなくてもいいんですけど」

「いいのいいの、私の気持ち!」



 そう言ってニコニコ微笑む小野。ここまでの行動が全ておかしい。違和感がはっきりして私は困惑した。


 さっきまで敵意にいきり立っていたから、全く気づかなかったけど、空木のことが好きであればみんなの前でいえばいいのだ。そうしたら、彼女に協力してくれる人間なんていくらでもいるのに。


 私に対してみんなの前で「協力しろよ」って圧をかけると思う。てか、私が小野だったらそうする。


……そういえば、どことなく目が優しいような?おかしい。恋敵にする眼差しじゃない。


 わからなくてなんとなく、落ち着かなかったが、あっちから本題を切り出してくれた。



「色葉さん、空木のこと好きなの?」

「……だとしたらどうします?」



 私がいまいち小野の意図が掴めなくて困惑しながら言うと、



「だよねぇ……」



 彼女はあからさまにがっかりした顔をした。これは……空木のことを考えてるのか?おかしい。私が彼のことを好きでも彼女にはなんの影響もないはずだ。混乱ばかりしてしまう。



「言いたいことがあるならはっきり言えばどうですか?」



 私はすっかり敵意が抜けて、優しく声をかけてしまった。小野を見つめる。彼女は熱っぽい目でこっちを見つめ返した。


 そして。



「……あのね。さくら、色葉さんのこと好きなの」

「えっ」


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