第3話 浅青

 4コマ目の授業は大好きな古文の授業だったのに、こんなに長く感じたのは生まれて初めてだった。


 思わず、レジュメの横に短歌を詠んでしまった。さっきの空木のアイコンを見たせいだ。あとでノートに書き写しておこう。



秋の海後ろ姿に魅せられて吸い込まれそう浅青せんせいの空


---------

 待ち合わせ場所に4コマ目終わった後にすぐ向かったら、空木がもう既に待っていた。遠くから見つめるだけだった自分がこれから彼に話しかけることができるなんて、夢のようだ。


 縹色はなだいろのスポーツパーカーを着て、佇んでるだけで、こんなにも様になるんだ。つい見惚れたけど、それを振り切るように話しかけた。



「空木くん」

「あ、色葉さん」

「お待たせしました」

「ううん、待ってないよ。じゃあ行こうか」

「はい」



 学内のカフェに向かっている道中、とても楽しかった。空木が色々私に話題を振ってくれて、ちゃんと最後まで話を聞いてくれたからだ。私は話したがりだけど、つい話すぎてしまう癖があるからいつも不安になる。だけど、私が話してる時に空木はニコニコしながら聞いてくれた。聞き上手だからモテるんだろうなぁ………と要らないことまで考えたのは秘密。



 学内のカフェはそこそこ人がいたけれど、運良く角の席が空いてたのでそこにすることにした。ラッキーかもしれない。他の人からあまり見えないし。


 空木が先にブレンドコーヒーを注文している。注文している姿が様になってるな……と見惚れていたら、



「色葉さん、何がいい?」

「えっ」

「言ったじゃん、奢るって」

「あ、ありがとうございます。えっ、えっと……抹茶オレ、ホットで」

「わかる〜色葉さんが珈琲飲めないの」



……どういうことなのか小一時間問い詰めたい。でも、珈琲が飲めないのは事実だし、なんだか空木が楽しそうだったので何も言えなかった。



 店員さんが空木のホットコーヒーを先に出したけど、空木は先に戻らずに私の抹茶オレが来るまで待っていた。………困ったな、さっきから好きになる要素しかない。


「では、色葉大先生、よろしくお願いします」


 席に座るなり、向かい合って深々と礼をする空木。私は恐縮して震えてブンブンと両手を振る。そんなに畏まられると周りからの視線が怖い。



「そ、そんな、大先生だなんて、ただ早いだけですよ……」

「いや、先ほど拝見した短歌、凄すぎて教科書に載ってるかと思いましたもん」



 独特な空木の褒め言葉に頭にクエスチョンマークが浮かぶ。とにかく褒めてくれていることは伝わったから素直にお礼を言うことにした。



「あ、ありがとう?そういえば、課題の件ですけど……」

「そうだった、ごめんごめん」

「つまり、私が空木くんの分短歌を詠めば良いのですか?」



 それだとすぐ終わっちゃうから嫌だな、と思った。しかし、空木は予想外のことを言い出した。



「いや、それだと意味ないよ。俺、1人で作れるようになりたいんだよね」



 空木の真面目な返答に私は驚くと同時に、「こういうところ!好き!もう!」と心が騒ぎ出してる。極力顔に出さないようにして、(いやもうバレてるかもしれないけど)



「……どうしてですか?」

「わかるじゃん。短歌とか俳句とかって、誰が作ったかって」

「確かに……」

「俺だって少し見ただけで色葉さんの短歌の特徴ってわかったもん。色葉さんの短歌、藤原教授大好きだから尚更わかっちゃうでしょ」

「そ、そうですか、ね……?」



 そんなにわかりやすいかな。……わかりやすいか。言ってること、「空木のこと好きだけど、叶わないに決まってる」だけだもの。



「それに、人が作ったものとって自分のものって言ったら泥棒じゃん」

「……ですね」

「だから、俺は色葉さんの作品を俺のっていうのは出来ない。だから自分の力でなんとかしたいなって思うんだよね」



 空木の作品に対する尊敬の念を聞いて、私はじん、と心が温かくなるのを感じる。応援されたような気がして。


 そして、空木の真剣な眼差しに恋に落ちるのをやめられない。どうして彼の目は優しくて綺麗なんだろう。



「…………私、空木……くん、のそういうところ尊敬してます」

「ありがとう。でも『好き』、じゃないんだ?」



 心臓が破裂しそうな思いで言葉を捻り出したのに、空木はイタズラっぽくニコって微笑んでこっちを見つめる。さっきと違うタイプのかっこよさに卒倒しそうだし、好きだってバレてるの恥ずかしいし、でもそんなところも好きで(重症だもうこれ)。


「揶揄わないでください……」

「ごめんごめん」

「ほら、課題やりますよ!と、ところで、何か詠んでみたんですか?」

「うん、ルールとかはわかるからね。でも俺、どう頑張っても標語みたいになるんだよね」

「標語ですか?」

「うん、見てよこれ」



 空木は苦笑いしながら課題シートを出してきた。左上に赤い文字で「要再提出」と書かれている(毎回授業内に終わるから知らなかった………)。



赤のとき走ったらとてもあぶないよ青信号を待って歩こう



 標語っていうから、「赤信号 みんなで止まって 待ちましょう」みたいな感じかと思った。いや、確かにそうなんだけど、目の前に幼稚園生に優しく語りかけてる空木がイメージされて。


……なんか、いいな。


 そう思ったらこの短歌が愛おしく思えてしかたなかった。


「かわいい!好きその短歌!」

「そ、そう?」

「うん!なんか、小さい子とか、カルガモとかに話しかけてる感じ」



 短歌を語れるのが嬉しくて、つい話す口調に熱が入る。敬語も取れた。だんだん早口になってしまってるけど、もう止められなかった。



「思いついたきっかけは?」

「バイト先の目の前に横断歩道があって、赤信号で渡ろうとしてる子どもがいたから、止めたんだよね。それかな」

「えっ、それめちゃくちゃいいね」



 空木が沢山語る私にキョトン、としてたのを感じた。しまった、つい語りすぎてしまった。話してばかりで他人を置き去りにしてしまうのは、私の悪い癖だ。



「ご、ごめんなさい、話しすぎました……」

「………色葉さん、そんなに笑う人なんだね」

「わ、笑いますよ、私も……」

「なんか得した気分」


 そう微笑みながら言われて、私は安堵と恥ずかしさで赤面してしまったのだった。



 続

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る