第2話 乙女色

「………は?」



 拒絶、軽蔑、嫌悪。そのいずれでもなかったので素っ頓狂な声を出してしまった。自分が予測する最悪の事態を全部想定したのに、どれとも違う。そんな、バカな。


 空木は相変わらず好きな顔でニコニコしている。何を考えているのかわからなくて、ただただ困惑してしまった。



「え、だって、こんなに沢山作ってるなんて天才じゃん」

「てん、さ、?」

「だったら、俺のために一緒に短歌作ってくれないかなーって!」



 空木からの予想外の一言にさらに驚き、目を見開いてしまった。


 え?褒めてくれたの?しかも気持ち悪がられてないの?ほんとに??



 少し警戒心を解かないまま、私は空木を睨みつける。(かわいくない表情はしたくなかったけども、緊急事態なので仕方ない)



「………そこに詠まれてるのは、見知らぬ人間からあなたへの恋慕ですよ」



 案の定口から出たのはつっけんどんな可愛くない言葉だったけど、空木は全く気にしてない様子で、



「色葉さん同じ学科じゃん。知り合い知り合い」

「………そう、です、けど」



 どうしよう。こんな日陰者でもちゃんと認知してくれた嬉しさで咽び泣きそうだ。全然話したことがないのに。



「要するに俺のこと好きってことでしょ?」

「………………はい」



 あ、前言撤回。


 こんな形で告白させられるなんて不本意だ。いや、嫌われたり、気持ち悪がられるよりはマシだけど。


 でも、もっと、こう、ロマンチックな何かを夢見てたんだけど……本人に悪気がないのが腹立つ。いや、それでも好きだけども。



「で、そんな天才で俺のこと好きな色葉さんにぴったりなお仕事があるんだけど」

「えっと、短歌を詠むんでしたっけ……それぐらいならお安い御用ですが……」

「じゃあいいこと尽くめじゃん!俺は課題が出来て単位が取れる。色葉さんは俺と一緒にいられるし。だからWin-Winだよね」

「う、うーん」



 確かに魅力的な提案ではある。ついさっきまで、横目で見るだけだった人と一緒にいられる口実があるんだから。今もこんなに話すことができるだなんて、夢のようだと思っている。でも、どうしても気になることがある。



「私が空木くんのことが好きなの、気持ち悪くないんですか?」

「え、ありがとうとは思うけど」

「……あ、ありがとうございます。て、ていうか、課題って……」



 返答が予想外すぎて混乱した。とにかくパニックになったので、慌てて話を逸らした。



「そうそう!さっき、授業あったじゃん。いつも色葉さんが秒で短歌提出するやつ」

「す、推敲してますよ……」

「え!?速すぎるしヤバいじゃん!!天才すぎでしょ」

「そ、そんなに褒めても何も出ないです……つ、つまり、短歌の課題が提出出来なくて困ってるってことですね?」

「そう、そうなんだよ!さすが色葉さん〜」



 どうしよう、空木が私を沢山褒めてくる。嬉しくて恥ずかしくて顔が熱くなってきた。こういうとき、浮かれたら空回りするから、聞きたかったことを聞こう。



「……でも、私じゃなくてオトモダチの方々には頼れないんですか?」



 オトモダチ、という言い方に少し嫌味を込めて言った。だってあっちは私以外に沢山頼れる人がいるはずだ。


 しかし、空木はそれを聞くと苦笑して首を振った。



「いやーそれがさぁーみんな短歌苦手でみんな溜まってるんだよね〜。自分の分だけでいっぱいいっぱい」

「えっ」

「俺なんて明日までに出さなくちゃいけないのが三つある」

「明日!?」



 課題シートがいつも真っ白なのは知ってたけど、空木は仲が良い人が沢山いるからなんとか助けてもらえてると思ってた。まさかそんなに切羽詰まってるなんて。


 だから、私に頼んできたのか。


 とても納得はしたが、心の奥底がズキッと痛む音がした。……『利用されるだけでもいいからそばにいたい』という気概が、私にはまだ足りない。



「ていうか、なんでそんなに……」

「俺、帰国子女なんだよね」



 知ってる、という言葉を慌てて飲み込んだ。たまたま通りすがった時に聞いたものだから、知ってる、と言うのはおかしいのだ。



「そ、そうなん、ですね」

「だから小学校とか中学校で俳句とか短歌作ったこと全然なくて。教授に聞いたけど全然わかんない。だからさ、手伝ってよ、お願い!」



 両手を合わせて、この通り、と言ってきた。少し考えて、私は人差し指を立てる。提案をするときの癖だ。



「わかりました。課題を一回手伝うとき、絶対喫茶店に連れて行ってください。飲み物代を頂ければお手伝いしますよ」



 弱みを握っているのにこんな条件飲むはずない、と思ってた。でも空木は快く、いいよーっと言って私のピンクのノートと自分のスマホを差し出してきた。



「はい、大切なノート。あと俺の連絡先」



 ノートに「大切な」と付け加えてもらえて、嬉しすぎて笑みを抑えきれなかった。元々私にとって大切なものだったけど尚更好きになった。



「あ、ありがとう、ございます」



 震えながらバーコードを読み取って、連絡先を追加した。アイコンが空木の後ろ姿だ。夏だろうか。天青の空の下、Tシャツを着こなして立っている姿が様になっていて。思わず、かっこいい、と呟いてしまった。



「ありがとう」

「!?あっ、あの、わたし、あの」

「あはは。じゃあ4コマ目終わったらここで待ってて」

「わかり、ました。あ、あの」

「ん?」

「よかったら、」


 つぶやきを聞かれて恥ずかしかったので照れ隠しでビスケットを空木に渡した。小さくて、いろんな種類がたくさん入っていて、お気に入りなのだ。ノートを見ていたから、ひょっとしたらお昼食べれてないかもしれないし。



「え、ありがとう。あとで食べるよ、またね」



 空木は受け取ってくれた上に笑顔で立ち去っていった。後ろ姿を見送って、1人になった瞬間に、色んな感情がどばーっと出て1人で悶絶してしまった。熱い顔を手で覆って、へなへなとしゃがみ込んでしまった。


 うそ、わたし、空木と会話できたんだ、ゆめみたい。しかもこの後2人きりで会えるなんて。大好きな、短歌の話ができるなんて。


 この気持ちのままに、切なさと悲しさと諦めばかり詠まれた短歌の中に、幸せな気持ちの短歌を記した。不毛の土地に初めて咲いた花のような短歌を。




乙女色連れてきたのは片恋を諦めないでと励ます心



 続

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