恋色葉詠物語

みつるぎおくた

第1話 虹色

虹色に変わる君のその笑顔我に向くとき今生には無し



 ………よし。


 私は思いついた短歌を、課題シートとノートに書き写して、教授に提出しに行った。私が前に立つと、おお、というように柔らかな笑みを浮かべて、藤原教授はこっちを見つめた。



「先生、できました」

「おお、色葉いろはくん。今日も一番だね。見させてもらいますよ」

「お願いします」

「…ふむ。なるほど。こだわりはありますか?」



 微笑みつつ聞く教授の問いに、私は間髪を入れずに答える。もちろん、聞かれるつもりで用意してきた。早めに詠むということは教授からこういう発問がある。嫌がる人も多いけれど私は好きな時間だ。短歌を語らっているような気持ちになる。



「はい、この『虹色』は気象の虹ではなく、紅の絹の光沢の色を表すものです。見る角度によって変わる絹の光沢を、様々な笑顔に例えました」

「……素晴らしい!では、退出してください。次も期待していますよ、色葉くん」

「はい。本日もありがとうございました」



 教授に一礼をした後、悪戦苦闘している同級生たちを見渡す。その中に私はとある人の姿を探していた。


 ……いたいた。相変わらず友人に囲まれて楽しそうに笑っている。でも相変わらず課題シートは真っ白だ。


 胸の中にモヤモヤと温もりが同時に生まれていく。見つめていたら本人に気づかれる、と思った。だから、私は後ろ髪を引かれる思いで、教室をさっさと出た。


 ――ああ、今日もかっこよかった。


 私は、叶わぬ恋をしている。大学の人気者である、空木うつろぎとおるに。



―――――――

 かなり早く授業が終わった。こういうときは、少しだけ空いている学食に寄って、定食を注文する。月曜日のひそかな楽しみだ。今日は暖かいから、本当は冷やしうどんが食べたかったけど季節柄なかったので諦めた。


 何もつけずにコロッケを齧る。(友人に変だといわれるけれどこだわりなのだ)まだ揚げてから時間が経っていないのか、さく、と軽い食感がした。


 ……そういえば、空木はソースをかけて食べていた。たまたま見かけたときに結構かけてたな……味が濃いのが好きなのかも。頼んでいるものも、男子高校生が好きそうなものばかりだ。


 ここ数ヶ月ぐらいずっと空木のことをこうやって考えては楽しい気持ちとやるせない気持ちになる。彼の一つ一つの挙動を遠くから見るだけで幸せ。恋人になりたい気持ちもあるけれど、私は彼の恋人になれないと諦めてもいる。


 彼には男女を問わず沢山友人がいる。私なんかと話す必要性はどこにもない。恋人がいるのかどうかわからないけれど、いたとしたらとても素敵な人なのだろう。


――私とは正反対だ。


 考えるだけで嫌になり、冷えた心を味噌汁でごまかす。冷たいうどんがなくてよかった、ますます心が冷えてしまうから。鬱々とした気持ちのまま食べ終わり、気持ちを昇華するために短歌を詠んだ。



始まらぬ真逆の君と私では恋物語悲劇ですらも



 推敲してSNSに投稿した。そうだ、今詠んだものをノートにメモしておこう、と思って鞄の中を探したが。……ノートが、ない。


 ――まずい。非常にまずい。


 私は一気に血の気が引いた。あのノートには数えきれないほどの空木への短歌を載せている。誰かに見られたら、私は生きていけない。早く探しに行かないと。


 慌てて食器を片付け、さっき授業を受けていた教室に向かった。



―――――

 私は肩で息をしながら、さっきの教室に駆け込んだ。



 ――お願い、誰にも見つからないで。あのノートだけは……



 だが、願いも虚しく私のノートを手に取って、しかも開いて読んでいる。それだけで最悪なのに、よりによってその相手も最悪だった。



「空木………くん、」

「色葉さん!あ、これ色葉さんのだったんだ。よかった~、戻ってきてくれて」



 ニコッと爽やかな笑顔を浮かべる空木。普段はときめく笑顔なのに、大好きな人なのに、今は怖い。私のことを覚えてくれていたことも喜びたいのに、素直に喜べない。



「………あり、がと、う」



 何事もなかったかのように私はノートを受け取ろうとした。しかし、そんなに現実は甘くなかった。にこにこと空木がそのノートをスッ、と私の手の届かない位置まで上げる。



「!?」

「ところでこのノートに書かれた、短歌?って、俺のこと?」

「…………」

「ちょっと見ちゃった。『誰のだろう』って思って」


……最悪だ。私はもう大学にいられないかもしれない。だって、ストーカーと変わらない。怨念のような恋慕を沢山詠んでいるのだから。……いられなくなるぐらいなら、素直に言ってから去ろう。


 私は決意をして口を開いた。処刑場に立たされている罪人の気分だ。でも、立たされている以上、罪は素直に告白しなくてはいけない。贖罪をしなければならない。好きになってごめんなさいって。



「……はい。すべて貴方に向けたものです」



 私はじっと空木の目を見つめた。彼は私のことを嫌悪した眼差しで見つめると思った。罵り、否定してくると思っていた。しかし、彼は笑顔のままこう言った。



「あ~。やっぱりそうなんだ。そんな色葉さんに提案なんだけど。俺のために短歌を詠んでくれない?」

「………は?」



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