クロスロードの鳥・第3話
私はクロスロードの鳥。この世の始まりから終わりまでを見つめる者。
私の足元には十字路があり、いつも上からそこにやってくる者を見下ろしている。
また今日も誰かがやって来たようだ。
若い男が一人で歩いてきた。まだ中学3年生、男と言うよりは少年と言った方がいい年頃か。
少年は十字路の真ん中で立ち止まり、右へ左へと首を振る。その表情は苦悩に満ちている。
少年の家は貧しい。両親共に病気をして、それ以来定職に就くことができず、行政の支援を受けながら社会復帰を目指しているのだが、なかなかうまくいかない。それで少年は進学を諦めて、就職する道を進まなければと思っている。
「お金のことは考えなくていいから、おまえの好きな道を進みなさい」
「そうよ、あなたは勉強が好きなんだから高校にいきたいでしょう」
「そうだ。奨学金を出すから来てほしいという学校もあるし」
少年はずば抜けて成績がよかった。勉強が好きで、学べば学ぶほどさらに知りたいことやりたいことが出てくる。そしてさらに勉強が面白くなる。まだまだ学校へ行きたい、学びたいという気持ちがあるのは当然だ。だから両親は貧しさで道を諦めることがないように、そう言ってくれている。
右を進めば奨学金を受けて高校、大学と進学し、その先には研究者になれるかも知れない道。少年にはそれだけの素質があり、本人のやる気もある。
だが、研究者というものは富とは無縁な者も多い。苦労して育ててくれた両親を思うと、この道を選ぶのは申し訳ないように思える。
確かに奨学金はもらえる。成績さえ落ちなければ大学を卒業するまで、いや、もしかしたらその先の大学院だって特待生待遇で進めるかも知れない。だがそれは学費やその関係の費用だけだ。その他の生活するためのお金や、両親の医療費はどうすればいい。いくら社会的な援助を受けられると言っても、それだけで済むものではないことは、幼い頃からずっと見てきている。そして両親がその立場から一日でも早く社会復帰したいとがんばっていることも知っている。
自分が学問の道を進むことは、ある意味両親を見捨てることになるのではないか、少年はそう思っている。
左を進めば就職をする道。経済的には安定するかも知れないが、それは自分が進みたい道ではない。安定した生活と引き換えに、夢を捨ててしまわなければいけないかも知れない。
今、声をかけてもらっている職場からは、夜間高校に通ってはどうかと言ってもらっている。それはとてもありがたい申し出だった。だが、少年は仕事と勉強を両立できる自信があまりなかった。それは夜間高校について調べていた時、その退学率が高いと知ってしまったからだ。現実は厳しい。いくら好きなことでも両立できるかどうかは不安だ。もしかしたらそのために好きだった学ぶことを嫌いになってしまうかも知れない。少年はそのこともとても恐ろしかった。
右を進んで研究者になった結果、大きな発見をして賞金をもらったり、高い収入を得ることができるようなことになるかも知れない。その可能性はある。だが、それはずっとずっと未来のことだ。それまでの間に両親に何かがないとは言い切れない。二人とも病を抱え、何かがあってもおかしくはない健康状態なのだ。
一生苦労をかけたまま、病気にでもなった時に満足な医療を受けさせてやることすらできないかも知れない。それを考えると右へ進むと簡単に選ぶことはできなかった。
左を進み、仕事と勉強を両立させ、いつか望む研究をできる企業に就職できればいいが、今就職を考えている職場は全くそんな研究とは縁のない職種だ。その可能性は低いだろう。なんとかうまく勉強を続けていけたとしても、やはり希望の道に進めそうには思えない。
それを思うと生きる意味がないようで、左へ進むと簡単に選ぶことはできなかった。両親だってホッとすると同時にがっかりもするだろう。そういう親なのだ、少年のことを思ってくれる優しい両親だ。だからやはりこれ以上の苦労をかけたくはない。
少年は十字路の真ん中で悩んで悩んで、もうしばらくだけ、とタイムリミットをにらみながら真っ直ぐ進んだ。
次の十字路までの道は短い。あまり時間はない。学校を卒業するまでには定められた時間しか残ってはいないからだ。
いつまでも真っ直ぐに歩いていくことはできない。近々、右か左か、どちらに進むかを決めなくてはならない。十字路から前に続く道は消える。少年が心から希望する道は。
できうれば今度の十字路では左右どちらかを選ぶことができて、その先の未来が輝けるものであってもらいたいものだと、珍しく感傷的に私は思った。
※「カクヨム」の「クロノヒョウさんの自主企画・2000文字以内でお題に挑戦」の「第31回お題・クロスロードの鳥」の参加作品です。
2022年10月13日発表作品5編の第3話になります。
ストーリーはそのままですが、多少の加筆修正をしてあります。
元の作品は以下になります。
よろしければ読み比べてみてください。
https://kakuyomu.jp/works/16817330648341107104/episodes/16817330648359074447
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