クロスロードの鳥・第2話
私はクロスロードの鳥。この世の始まりから終わりまでを見つめる者。
私の足元には十字路があり、いつも上からそこにやってくる者を見下ろしている。
ほら、今日も誰かがやって来たようだ。
やって来たのは一組の男女。二人は壮年の夫婦、二人の子供が青年期に差し掛かる、それなりの年月を共に歩いてきた夫婦だ。
男は真っ直ぐ進むつもりなのだろう。十字路から前に迷わず一足踏み出すところだ。だが女は少し迷っている。どうやらどの道を進むのか考えあぐねているらしい。
右へ行く道。それは新しいパートナーと歩く道。女には、少し前から夫以外に心を寄せる男ができていた。
「ご主人と別れて俺と一緒になってほしい」
その男にそう言われたのだ。
女は男の言葉に心を揺らす。そちらを選べば全てを捨てて新しい道を歩くことになる。だがそれは、おそらく険しい道になるだろう。
世間の非難を受けることだろう。子どもたちにもどう思われるか。夫に対して慰謝料を払う必要もあるだろうし、そうまでしてそちらの道を進んでも、ずっとその男と幸せでいられる保障もない。そちらを進んだ結果、また新しい十字路に差し掛かる可能性だってある。やはりそちらを選ぶのはかなり不安だ。
恋心だけでそんな諸々を振り切って前へ進めるほど、女はもう若くない。それなりに分別もあれば、背負っている物もある。
左へ行く道。それは全てを捨てて一人で生きる道。
もう夫とは一緒に歩きたくないと思っていた。何年も何年も前から、すでに心が離れているのに気づいていた。夫は家族ではあるがもう男性ではない。心をときめかせる存在ではなくなっている。
だが、実はその男にも妻がいる。妻とは別れると言ってはいるが、本当にそんなことをする勇気があるのだろうか。それほど女を愛しているのだろうか。正直、それほど信頼することができない。今は盛り上がってそんなことを言っているが、その熱が冷めた時、一体どういう関係になれるのか。いけないことをしているという後ろめたさ、その媚薬に二人とも酔っているだけのようにも思える。
それに一度そんなことをした人間は同じことを繰り返すとも言われている。ということは、自分も相手もまた同じことを繰り返す可能性があるということだ。
一緒に罪を背負って、その挙げ句に新しい十字路で別れてしまうぐらいなら、いっそ一人で身軽に生きていった方がいいのではないか。そんなことを思い、今、顔は左を向いている。このままだと左に進む可能性が一番高そうだ。
夫への負債を負わず、夫以外は何も失わなければ、なんとか一人で生きていくだけの仕事もある。性格の不一致で別れたと言えば、子どもたちの信頼を失うこともないだろう。
立ち止まる女に気がつき、男が近寄り左手でその右手を握った。
男は全てを知っていた。女の心が自分にないことも、誰かがそばにいることも。だが男はその手を離すまいとするように、しっかりとその手を握り直した。
女がどう思っているかは分からないが、男は女を心から愛し続けていた。もしもこの手を離されて新しいパートナーのところに行くならば、愛情は憤怒の炎に燃やし尽くされ、どこどこまでも女を憎み続けることになるだろう。
例え女が一人で生きていく道を選んだとしてもやはり許せない。自分を捨てたことに対する怒りをどこどこまでもぶつけてしまうことになるだろう。
ならば自分はこの手を決して離すまい。女が自分と同じ道を歩いている限り、どんなことでも許す。そう心に深く刻んでいた。
女はしばらく十字路の真ん中に立ってじっと考えていたが、やがてしぶしぶのように真っ直ぐ道を歩き始めた。夫と共に。
人というのは結果として平穏な道を行くことが多いように見受けられる。だが、何度も何度も十字路に差し掛かる者もいる。この女がまた十字路に差し掛かる日が来るのかどうかは分からない。
それでもとりあえずは真っ直ぐ進むことにしたようだ。それが幸か不幸かまでは分からないが。
※「カクヨム」の「クロノヒョウさんの自主企画・2000文字以内でお題に挑戦」の「第31回お題・クロスロードの鳥」の参加作品です。
2022年10月13日発表作品5編の第2話になります。
ストーリーはそのままですが、多少の加筆修正をしてあります。
元の作品は以下になります。
よろしければ読み比べてみてください。
https://kakuyomu.jp/works/16817330648341107104/episodes/16817330648351924138
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