クロスロードの鳥・第1話
私はクロスロードの鳥。この世の始まりから終わりまでを見つめる者。
私の足元には十字路があり、いつも上からそこにやってくる者を見下ろしている。
おや、今日も誰かがやって来たようだ。
一人の男がまっすぐ歩いてきて十字路に差し掛かった。まだ若い男、二十代半ばといったところだろう。少しうつむき、ここからでは表情はよく分からない。
だがまあ、こういう者がどのような心持ちなのか、もう長い
男は十字路の真ん中に差し掛かるとぴたりと止まった。どの道に進むかを迷っているのだ。
男が顔を上げた。まるで天に自分の進む道を決めてほしいかのように。男の表情には怒りが満ちている。
(復讐してやりたい)
男の心情が私に伝わってくる。
男の右手には短い刃物が握られている。男は刃の輝きに劣らぬぐらいギラリとした光を刃物にぶつけ、手の中をじっと見つめている。
男が狙っているのはある男。男よりずっと年配でいやらしい顔をした中年男だ。男はずっとこの男に
それは男の父親だった。ろくな人間ではない。まともに仕事もせず、酒を飲んでは暴れて母にも男と同じような扱いをし続けていた。
「母さんはなんであんな男の好きにさせてるんだよ!」
「そんなこと言わないで、あの人はあなたの父親なのよ。お酒さえ飲まなければ本当に優しい人なの」
母はいつもそう言って男をなだめた。あんな男でも母は愛しているようだった。その母を泣かせたくないためだけに、男は父に、憎むしかできない相手に手を出すことをこらえてきた。
「けど、母さんはもういない。だから、いいだろ?」
男はそうつぶやいて静かに目を閉じた。
母は突然病に倒れ、最期の言葉すら残さずあっけなく逝ってしまった。
そろそろ自分も自由になっていい頃だ。そう思って男は刃物を手にした。それを憎いあいつに突き立てるだけでいい。そうして自分は自由になるんだ。その刃物を持って父のいる家へと向かう。そしてこの十字路に差し掛かったのだ。
どのぐらいの時間手の中を見つめていただろう。男はしばらくすると、ほおっと息を吐いて手を下ろし、また真っ直ぐ前に進むと十字路の真ん中に立った。
男は想像する。この刃物を父に突き立てる場面を。自分の手に伝わってくるその感触を。
だが同時に、父が母の横に座っている姿も思い出す。丸まって小さくなってしまった父の後ろ姿を。心から母の死を悲しみ、自分を責めている気持ちが伝わってくる。こんなに小さな男だったのだろうか。
男は自分の気持ちに戸惑っていた。憎しみしかないと思っていた父に浮かぶ哀れみの気持ちに。そして十字路に差し掛かるのだ。
右へ進めば男は右手の得物を憎い相手に突き刺す道を行くことになる。
左へ進めば男は右手の得物を捨てて復讐を諦める道を行くことになる。
何度も何度も、十字路に差し掛かってはため息をつき、また真っ直ぐに進む。結論を出さない道を真っ直ぐに。自分の運命を決め切ることができないまま。そしてしばらく歩いてまた十字路に差し掛かる。
もしかしたら今度は右に折れ、望みを遂げる道を選ぶかも知れない。
その時は今度はその右の道が真っ直ぐに進む道になる。
父に刃を付き立て、復讐を遂げた道を。
もしかしたら今度は左に折れ、復讐を諦める道を選ぶかも知れない。
その時は今度はその左の道が真っ直ぐに進む道になる。
決して父を許したわけではないが、その人生に関与することはしない道を。
男はまた一つため息をつくと、今回も右にも左にも折れずにまっすぐに前へと進んだ。
誰にもその先のことは分からない。男がまたこの道に差し掛かるのことがあるのかないのか。
私は上からそれをじっと見つめるだけだ。男の道が終わるその日まで。
※「カクヨム」の「クロノヒョウさんの自主企画・2000文字以内でお題に挑戦」の「第31回お題・クロスロードの鳥」の参加作品です。
2022年10月13日発表作品5編の第1話になります。
ストーリーはそのままですが、多少の加筆修正をしてあります。
元の作品は以下になります。
よろしければ読み比べてみてください。
https://kakuyomu.jp/works/16817330648341107104/episodes/16817330648341323668
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます