「クロスロードの鳥」5編(第31回)

小椋夏己

1話目

 私はこの世の始まりから終わりまでを見つめる者。

 私の足元には十字路が見下ろせる。

 ほら、今日も誰かがやって来たようだ。


 一人の男が後ろの方向からまっすぐ歩いてきて十字路に差し掛かった。

 男は十字路の真ん中でぴたりと止まる。


 どの道に進むかを迷っているのだ。


 男の心の中には怒りが満ちている。

 復讐してやりたい。

 その右手には短い刃が握られている。


 男は刃の輝きに劣らぬぐらいの光で手の中の得物を見つめる。

 

 どのぐらいの時間見つめていただろう。

 しばらくすると、ほおっと息を吐いて手を下ろし、また真っ直ぐ前に進んで行った。


 もう何度このこの十字路に差し掛かっただろうか。

 右へ進めば男は右手の得物を憎い相手に突き刺す道を行くことになる。

 左へ進めば男は右手の得物を捨てて復讐を諦める道を行くことになる。


 何度も何度も、十字路に差し掛かってはため息をつき、また真っ直ぐに進む。

 結論を出さない道を真っ直ぐに。


 自分の運命を決め切ることができない。

 だが今度の場合、それは悪いことではないのかも知れない。


 真っ直ぐに進む人生という道、もしかしたら次に十字路に届く前に道は終わってしまうかも知れない。

 もしかしたら今度は右に折れ、望みを遂げるのかも知れない。

 その時は今度はその右の道が真っ直ぐに進む道になる。

 今度はもう十字路はないかも知れないその道が、唯一の道になるかも知れない。


 もしかしたら今度は左に折れ、復讐を諦めるかも知れない。

 その時は今度はその左の道が真っ直ぐに進む道になる。

 復讐を諦めたことを良しとするのか、その道が終わるまで後悔し続けるのか。

 男の気持ちがどうなるかは分からない。

 その先にまた復讐へと続く十字路があるのかないのかも。


 誰にもその先のことは分からない。

 また今度この道に差し掛かるのはいつのことか。


 私は上からそれをじっと見つめるだけだ。

 男の道が終わるまで。

 

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