2022年 10月公開作品

天の川の火曜日

「これから今日と同じ毎週火曜日の夜、天の川を見上げるよ」


 男は女にそう言った。

 女は男の言葉を黙って聞いている。


 星に願いをかける。そんな言葉は知っていたが、天の川に何かあっただろうか。

 思い出すのは七夕の織姫と彦星の話ぐらいだ。

 もしかしたら彼はこれから遠く離れる自分たちを天の川に引き離される織姫と彦星になぞらえているの?

 でも、だとしたら、そんな物を見てほしいなどと言うだろうか。


「それは、天の川でないといけないの? 星ではいけないのかしら」


 女の素朴な質問に、男は優しく微笑んで言う。


「星は見える場所と見えない場所があったりするからね。もしも南半球に行ってしまったら北極星は見えなくて困るだろ?」

「まあ、言われてみたらそうね」

 

 ちょっとふざけたような男の言い方に、女も思わずくすりと笑う。


「でも天の川なら北半球でも南半球でも見えるんだ」

「そうなの?」

「うん、そうなんだ。だから、天の川なら世界のどこにいても一緒の空を見上げることができる」


 やっと女には男が言わんとする意味が分かった気がした。


 明日、男は出征する。戦況はかなり悪くなっていて、今、この時になって招集されるということは、もう生きては帰れないかも知れないということだ。確かに南方に送られる人が多いという話も聞いた。だが、大陸でも東の海でも南の島でも同じこと、離れたらもう二度と会えない可能性はかなり高い。


 男はだから約束が欲しかった。どんなに離れても、たとえこの世とあの世に離れても同じ物を見ているという約束が。きっと天の川なら天からでも見られるはずだ。


「分かったわ、火曜日の夜、天の川を見上げるわ」

「うん。世界のどこにいても日本での火曜日の夜の時間に僕も天の川を見上げるよ。そしてその地の夜、もう一度空を見上げる。この先が君につながっているのだなと思うよ」

「分かったわ。きっとあなたが元気で見上げてくれていますように、そう祈りながら見上げるわ」

「ありがとう」


 そうして二人で一緒に天の川を見上げた。

 それが二人にとって最後の夜となった。


「そうそう、今日は火曜日だったわ」


 女は今も火曜日の夜になると一人で空を見上げる。

 雨の日も雪の日もどんな天気でも見えても見えなくても天の川を。


 あの時まだ若くツヤツヤした黒髪をまとめ髪にしていた女の髪、今は真っ白でまるで天の川を流したようにぼんやりと流れるばかり。あの夜から長い長い月日が流れ、女はただ一人、男のことを思い続けた。


 時は21世紀、日本の御代は令和となり、昭和は遠くなってしまった。でもやはり今でも、遠い地で自分たちと同じような約束をする人がいるのかも知れない。

 テレビをつければ、新聞を見れば、あちらこちらであの時と同じ悲しいニュースばかり目に留まる。


「もう誰も天の川を見上げて泣くことがありませんように、そんな時代が来ますように」


 今、女が祈るのは男の無事ではない。

 自分と同じ思いをする人が一人でも減りますように。

 みんなが笑顔で天の川を見上げられますように。

 そしていつか、今度は天の川の上から、二人並んで川を見下ろせますように。

 

 女はたった一人で毎週毎週、約束したように空を見上げてそう祈り続けている。涙の川をかささぎが橋を渡して男の元に連れて行ってくれるその日まで。




※「カクヨム」の「クロノヒョウさんの自主企画・2000文字以内でお題に挑戦」の「第30回お題・天の川の火曜日」の参加作品です。

2022年10月6日発表作品になります。


ストーリーはそのままですが、多少の加筆修正をしてあります。


元の作品は以下になります。

よろしければ読み比べてみてください。


https://kakuyomu.jp/works/16817330648100858231/episodes/16817330648110564542


 

 


 

 


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