3話目

 私はこの世の始まりから終わりまでを見つめる者。

 私の足元には十字路が見下ろせる。

 ほら、今日も誰かがやって来たようだ。


 若い男が一人で歩いてきた。

 十字路の真ん中で立ち止まり、右へ左へと首を振る。


 男の家は貧しい。

 進学をしたいのだが、諦めて就職する道を進みたいとも思っている。

 両親は貧しさで道を諦めることがないように、そう言ってはくれている。

 男の成績は飛び抜けていいのだ。


 右を進めば奨学金を受けて研究者になる道を進めるかも知れない。

 だが、研究者というものは富とは無縁な者も多い。

 苦労して育ててくれた両親を思うと、この道を選ぶのは申し訳ないように思える。


 左を進めば就職をする道。

 経済的には安定するかも知れないが、それは自分が進みたい道ではない。

 安定した生活と引き換えに、夢を捨ててしまわなければいけないかも知れない。


 右を進んで金銭的に苦労しても好きな研究の道に進み、自分の希望が叶って精神的に充実した人生を歩むのは、自分自身は満足しても、苦労をかけた親を楽にしてやりたい、恩を返したいという望みは叶わないかも知れない。

 一生苦労をかけたまま、病気にでもなった時に満足の行く医療を受けさせてやることすらできないかも知れない。

 それを考えると右へ進むと簡単に選ぶことはできなかった。


 左を進み、望む研究をできる企業に就職できればいいが、特筆するコネも持たない自分が学歴もなく就職したとしても、全く希望しなかった職種にしか就けないかも知れない。

 自分が得意ではない分野の仕事しかできない人生になるかも知れない。

 それを思うと生きる意味がないようで、左へ進むと簡単に選ぶことはできなかった。


 男は十字路の真ん中で悩んで悩んで、もうしばらくだけ、とタイムリミットをにらみながら真っ直ぐ進んだ。

 

 次の十字路までの道は短い。

 あまり時間はない。

 学校を卒業するまでには定められた時間しか残ってはいないからだ。

 いつまでも真っ直ぐに歩いていくことはできない。

 近々、どちらに進むかを決めなくてはならない。

 前に続く道は消える。


 いや、消えるのではなく他の道になる。

 全てを捨てる道、道をなくす道。


 できうれば今度の十字路では左右どちらかを選んでもらいたいものだと珍しく感傷的に私は思った。

 


 

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