クロスロードの鳥・第4話
私はクロスロードの鳥。この世の始まりから終わりまでを見つめる者。
私の足元には十字路があり、いつも上からそこにやってくる者を見下ろしている。
今日やって来たのは誰だろう。
男が一人、胸を張って尊大な態度で十字路に向かって進んでくる。表情からは何を考えているかはよく分からない。悩んでいるような、それとも決意したような、どちらとも受け止められる無表情だが、その奥には何かの感情を押し殺している。そんな感じだ。
年齢は60代か70代だろう。すでに若くはないが若い頃に鍛え上げたらしく、老いつつあるその肉体は、今でも引き締まった筋肉を張りのある皮膚で押さえつけているようだ。きっと今も日々の鍛錬を欠かさないのだろう。
感情も肉体も、中に何かを閉じ込めて、その噴出する時を待ちかねてでもいるようで、この私ですら何かゾッとするようなものを感じさせられる男だ。
そういえば以前にもこんな表情をした男がここを通りがかったことがある。
私はその時の不吉な気持ちを思い出した。
男は十字路の真ん中でぴたりと止まった。
男の右手には何かのスイッチが握られている。
手のひらにすっぽりと収まるぐらいの小さくて無機質なスイッチ。
だがなんだか物騒な感じがする物だ。
男はスイッチを握ったまま、ゆっくりと右を見た。
右に進めばそのスイッチを押す道。
もしも押してしまったら、その先に道が続くかどうかも分からない危険な道。
危険だ、本当に危険だ。男だけではなくたくさんの人間の運命を左右する道。
それを押すことでもしかすると、男の望む方向に進む可能性もないことはない。
その行動で男は全てを手に入れるかも知れない。世界の全てを。
そうは思うが、思い切って右へ進む決断はなかなかできるものではない。
男は今度はゆっくりと首を左に向ける。
もちろんスイッチはしっかりと握ったまま。
左の道はスイッチを手放し、両手を上げて前に出ていく道。
その道を選べばたくさんの人間の前の道を奪うことはなくなる。
だが、もしもその道を選べば自分は全ての力を失うことになるだろう。
そうしたら、自分を恐れる者たちまで牙を
今の時代だ、もしかしたら静かに一線を退き、静かに余生を送れる可能性もある。
そうは思うが、思い切って左へ進む決断もなかなかできるものではない。
男はじっと十字路の真ん中に立ち止まる。
ずっとずっと右手のスイッチをちらつかせながら、強引にまっすぐまっすぐ進んできた。
前に立ちふさがるものは踏みつけ、焼き払い、そうして真っ直ぐ進み続けてきた。
真っ直ぐ進み続けられると信じていたのに、ここに来て計算違いの結果が出た。
今回も簡単に2つ3つ踏みつければ、自分の前にひれ伏し許しを請うと思ったのに、なかなか思う通りにならず、事態は長引くばかり。
ゆっくりと男の右手が上がりスイッチを見つめる。
男の指がスイッチにかかり、くっと軽く力を入れた。
もうほんの少しだけ力を込めれば結果が出るだろう。
私は息を飲んでその男をじっと見つめている。
私は準備せねばならぬのだろうか。
終わりの時が来るぞと告げなければならないのだろうか。
今までにも何度も身構えたが、幸いにしてそうはならなかった。
今度もなんとか乗り切ってほしい。
この男の歩みを誰か止めてほしい。
この世の終わりを告げる時など告げたくはない。
グリンカムビは軽く翼を広げ、悲しそうに首を軽く上下し、悲しそうに薄くうめいた。
※「カクヨム」の「クロノヒョウさんの自主企画・2000文字以内でお題に挑戦」の「第31回お題・クロスロードの鳥」の参加作品です。
2022年10月13日発表作品5編の第4話になります。
ストーリーはそのままですが、多少の加筆修正をしてあります。
元の作品は以下になります。
よろしければ読み比べてみてください。
https://kakuyomu.jp/works/16817330648341107104/episodes/16817330648354552609
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