2022年  9月公開作品

危険じゃない賭け

「本当にそれでいいのね?」

「ああ、構わない」


 女の問いに男はきっぱりと答えた。


 テーブルを挟んで向かい合った一組の男女。どちらも真剣な眼差しを相手に投げつけている。まるで火花が散るような張り詰めた空気。


「もう一度言うけど命のかかった賭け、一生を左右する賭けよ?」

「もちろん分かってるさ、それで構わない」


 女の問いに男はもう一度はっきりと答える。


「分かったわ、それで本当にいいのね? これで最後よ」

「構わない」


 女はふうっと大きく息を吐くと、男の目の前に一枚の紙を差し出した。


「ではここに記名を」


 男は女の差し出した紙にペンですらすらと名前を書くと、向きを変えて渡す。

 女は書かれた名前をゆっくりと確認する。そこには確かに名前が書いてあった。


「確認しました。では私も」


 女は男と同じようにもう1枚に紙にペンで名前を書き男に差し出す。男は書かれた名前をゆっくりと確認すると、


「確認した」


 と紙をテーブルの上に戻した。


 互いに確認し合うと2枚の紙を一緒に大きめの封筒に入れ、のりで封をして、上から封蝋で封印した。これで決して今日の「契約」を反故ほごにすることはできない。その証だ。


「じゃあこれで契約成立。お互いに恨みっこなしよ」

「ああ」


 男と女は二人の間に置かれた封筒に、互いに厳しい視線を落とす。


 数ヶ月の月日が経った。

 賭けの結果が出る日がやってきた。


 男は青い顔をして立っている。手には二通の封筒を持って。


「私の勝ちだったわね」


 女はうふふふ、と軽やかに笑い、男は軽くため息をつく。


 ここは病院。明るい病室のベッドに女は座っている。

 そのそばには「コット」と呼ばれる新生児用の可動式ベッドが置かれ、中では一人の赤ん坊がすやすやと眠っていた。

 生まれたばかりの赤ん坊。名前はまだなく、頭上にはこの子を産んだ母の名前、つまり女の名前が書かれている。


 女は封筒の封を開けて中から2枚の紙を取り出すと、そのうちの1枚にキスをした。


「ぜーったい隆って付けるって決めてたの! 私の大好きな大好きなボーカルの名前!」

「まいったな、絶対女の子だと思っていたのに……」

「あら、私は絶対男の子だと思ってたわ」


 女はそう言って、もう一度紙に書かれた「隆」という文字に愛しそうにキスをする。


「僕だって大好きな大好きなアイドルの名前をつけたかったのに~」


 浮かれる妻と対照的に、夫はがっくりと大きく肩を落としている。


 妻の妊娠が分かった時、夫婦は生まれてくる子の性別で意見が分かれた。そしてこんな取り決めをすることになったのだ。


「じゃあ男だったら私が、女だったらあなたが名前をつけるでいいのね?」

「ああ、構わないよ」

「私は絶対男だと思ってるの」

「でも君、妊娠してから優しい顔になってるよ。そういう時は女の子だって聞いてるから女だって」


 子供が男なら妻が、女なら夫が名付ける。その賭けの結果が息子の誕生によって明らかになった。

 

 すやすやと眠る愛しい我が子の腕には、男の子の印の青いリストバンドが。


「あ~隆~」


 そう言って妻がいとし子の頬に何度もキスをするのを見ながら、


「次は女の子を頼むよ……あ~、愛~」


 夫は軽く頭を抱えた。


「デビューの時からずっとずっと応援してきた僕の愛! 絶対絶対いつかは愛をこの腕に!」

「お生憎様、これだけは神様にお任せよ。次もまた賭けをしましょうね。そうしたら私は、今度はどうしようかな~? うふふふふ」


 妻が楽しそうに笑うのに、


「次は絶対に愛! 愛だー! 女の子だー! 神様ーお願いします!」


 と、夫は天を仰いで神に祈った。



※「カクヨム」の「クロノヒョウさんの自主企画・2000文字以内でお題に挑戦」の「第26回お題・危険じゃない賭け」の参加作品です。

2022年9月8日発表作品になります。


ストーリーはそのままですが、多少の加筆修正をしてあります。


元の作品は以下になります。

よろしければ読み比べてみてください。


https://kakuyomu.jp/works/16817139558735115271/episodes/16817139558735125072

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