「危険じゃない賭け」(第26回)

小椋夏己

危険じゃない賭け

「本当にそれでいいのね?」

「ああ、構わないよ」


 女の問いに男ははっきりと答える。


「もう一度言うけど、命のかかった賭けなのよ?」

「もちろん分かってるさ」

「一生を左右する賭けよ?」

「ああ、それで構わない」


 女の問いに男はもう一度きっぱりと答えた。


「分かったわ、それで本当にいいのね? これで最後よ」

「構わない」


 女はふうっと大きく息を吐くと、男の目の前に一枚の紙を差し出した。


「ではここに記名を」


 男は女の差し出した紙にペンですらすらと名前を書くと、向きを変えて返した。

 女は書かれた名前をゆっくりと確認する。


「では私も」


 女は男がしたようにもう1枚にペンでやはり名前を書き、男に差し出した。

 男は書かれた名前をゆっくりと確認する。


 互いに確認し合うと2枚の紙をそれぞれ2つに折り、一緒に大きめの封筒に入れ、のりで封をして、上から封蝋で封印までした。


「じゃあこれで恨みっこなしよ」

「ああ」


 二人の間に置かれた封筒を二人でじっと見つめる。


 数ヶ月の月日が経ち、二人はあの時の封筒を間にまた見つめ合っていた。


「私の勝ちだったわね」


 女がうふふふ、と軽やかにと笑うと、男は軽くため息をついた。


「まいったな、絶対女の子だと思っていたのに」

「あら、私は絶対男の子だと思ったわ」


 封筒の封を開け、中から2枚の紙を取り出し、女はそのうちの1枚にキスをした。


「ぜーったい隆って付けるって決めてたの。私の大好きな大好きなボーカルの名前」


 そう言ってもう一度キスをする。


「僕だって大好きな大好きなアイドルの名前をつけたかったのにー」


 妻の妊娠が分かった時、夫婦は生まれてくる子の性別で意見が分かれ、


「じゃあ男だったら私が、女だったらあなたが名前をつけるでいいのね?」

「ああ、構わないよ」

「私は絶対男だと思ってるの」

「でも君、妊娠してから優しい顔になってるよ。そういう時は女の子だって聞いてるから女だって」


 と、子供が男なら妻が、女なら夫が名付けると決め、その賭けの結果を入れた封筒を作ったのだった。


「あ~隆~」


 そう言って妻がいとし子の頬に何度もキスをするのを見ながら、


「次は女の子を頼むよね、あ~愛~」


 夫は軽く頭を抱えた。


「お生憎様、これだけは神様にお任せよ、次もまた賭けをしましょうね。そうしたら私は今度は、うふふふふ」


 妻が楽しそうに笑うのに、


「次は絶対に愛、愛だー女の子だー!」


 と、天を仰いで神に祈った。

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「危険じゃない賭け」(第26回) 小椋夏己 @oguranatuki

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