第3話 開かれた扉
また
ここは大学ではなく、あの頃よく通っていた小さなカフェだ。
大学の講義が終わってから、このカフェに来て資格受験の勉強をしていた。カフェでは同じように勉強や、レポートを書いている学生をよく見かける。いわゆる“常連さん”だ。女性店主によれば、客足が減る夕方から閉店時間までは、静かに勉学に取り組める格好の場所なのだそうだ。
勉学に適している他に、ここへ来る理由はもうひとつある。講義が終わった夕方から、テンちゃんはここでアルバイトをしている。シゲが言っていた俺の片想いの相手であり、彼女の姿を見ているだけで気持ちが安らぐ。常連気分で毎日のように通っていた。
テンちゃんは入学当初から気になる人だった。息を呑むような美貌の持ち主で、迂闊に近寄りがたいオーラがある。その実、割とそそっかしいところもあり、折々に見せる愛らしい振る舞いや仕草のギャップが男心を震撼させるのだ。
見た目だけではなく態度も素晴らしく、周りに流されることのない、自分軸を持ったクールな人だ。女性から見ても魅力を感じる謎多き人物……。いや、これはミナミちゃんが彼女を讃えた言葉だったかな?
今日はそのミナミちゃんも、俺やシゲと一緒に客として来店している。当然、この2人もテンちゃんがカフェで働いていることを知っていて、大学の帰りに寄ることもあった。
テンちゃんは以前から、『卒業後は東京を離れ、地元へ戻って就職する』と公言していた。今日の学食での会話でも、地元へ戻って就職活動をするために、アルバイトは近々辞めるつもりでいる、と言っていた。
我々3人は都内の仕事を探して就職する予定だ。つまり、卒業後はテンちゃんと会う機会がなくなってしまう。
大学4年生にもなると、講義に出ることはほぼないのだが、就職活動や卒業論文のために多くの時間を割かねばならない。特に地方へ戻る者は、移動時間だけで数日を要する場合もあり、忙しさで定期的なアルバイトは難しい。
テンちゃんがカフェを辞めてしまえば、今までのように日常的に顔を合わせることもなくなってしまう。それがいつになるのか、集まった3人は気になって仕方がない。
テンちゃんが店主との話を終えて3人が座るテーブルに来た。
「ここで働くのは、1か月後までと決まったよ」と伝える。
そうか、それ以降はここに来ても会えないんだな……。
「あっという間だったな、大学生活って……」
テンちゃんの言葉に寂しさが伝わってくる。
しんみりした雰囲気を壊すように、シゲが「いつか俺が同窓会を開催するから、みんなでまた会おう。この4人は強制的に参加な」と言う。
みんなは気が早いと笑いながらも「必ず参加する」と誓い合った。
色々な思いが甦る。
いつも遠くから眺めているだけだった。
横顔が特にきれいだ。
美しく整った顔立ちは、まるで精巧に作られた人形のよう。首筋が見えるショートヘアーも彼女によく似合っている。そして耳にキラリと輝くイヤリングが大人っぽさを醸し出している。
そんな折――
大学内でテンちゃんがイヤリングを失くしたと困っていた。みんなで探したが、どこにも見当たらない。母から受け継いだもの、と聞いた気がする。大切にしていたはずだ。
見つけたのは本当に偶然だった。
大学のキャンパスを歩いている時に、スニーカーの靴ひもが解けていることに気付く。近くのベンチに座って結び直していると、足元近くにはクローバーの白い花が咲いている。何気なく眺めたクローバーの葉の中に、四葉のクローバーを見つけた。
「おっ、ラッキー!」
摘まもうとした四葉の根元になにかがキラリと光る。手に取ってみると、それはイヤリングだった。
そういえば昼間ここに座って、テンちゃんと課題の話をしたな。その時に落としたのだとすれば、これはテンちゃんの――。
残された時間は少ない。イヤリングを渡して、今まで言えなかった自分の想いを伝えよう。
キャンパス中を探して回ったけれど、テンちゃんの姿がどこにも見当たらない。思わず天を仰ぐと、上空のすじ雲がオレンジ色に染まっている。
陽が暮れる時間。
そうか、カフェのアルバイトに行ったのか。
急いで大学の正門を出ると、バス通りへ向かう。そこから丘陵地帯までの緩やかな上り坂。カフェはその先にある。
歩いて坂を上り続けた。気付けば辺りはすっかり暗くなっている。
「こんなに遠かったかな?」
通い慣れた道なのに、なぜこんなに時間がかかるのか。それに、背負ったリュックがやけに重くて、足取りを鈍らせるのだ。
「おーい、
どこかでシゲの声が聞こえる。
「どこへ行くんだ? 戻って来いよ!」
わかっているよ。これは夢なんだろう。
だけど、大事なことを伝えないと、過去へのループが終わらない。
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