第10話 幸せな堕天使たち

 あれから数か月後の今日。

 場所は我が家、持手無家のリビングにて。

 僕とアモルさんはかつてない緊張感に襲われていた。


「なんて可愛らしいのかしら!」


 長方形の大きなテーブルをはさんだ対面の席。

 僕の愛しの彼女アモルさんをまじまじと見つめて我が母、持手無アリアが言った。


「アリア。そんなにきれいな目で見つめるとアモルさんが照れてしまうだろう?」


 そしてそれをのろけ混じりにたしなめるのは、母の隣に座る我が父、持手無つよし


「まあ、きれいだなんて。あなたこそ、かっこ良すぎてアモルさんが緊張しているわよ」

「いやいや。君の美しさの方が罪深いよ」

「そんなことないわ。あなたの美男子っぷりの方が」

「いやいや――」


 説明しよう!

 僕の両親はひとたびスイッチが入ると、周囲が見えなくなるほどいちゃつきだすのだ!


「あ、あの、一人さん? これって……?」


 隣からおずおずと話しかけてきたアモルさん。

 人間になったので、今はもう天使の輪も翼もない。


「ごめんアモルさん。この人たちいつもこうなんだ」


 そんなアモルさんにこともなげに説明をする。


「それはさておき、急に来てもらって悪いね」


 彼女を我が家に招くことになったきっかけは僕にある。


「実は、スマホを眺めているときにうっかり母さんにアモルさんの写真を見られてしまったんだ」

「それで問い詰められて私が呼ばれたわけですね……」

「お察しの通り」


 そうして顔合わせの場面が設けられ、軽い自己紹介を終わらせて今に至る。


「まあ、緊張することは無いさ」

「は、はい」


 僕らがこそこそ話していると。

 前方から強い好奇心を伴った視線を感じた。


「「じーっ」」


 見るや、いつの間にイチャイチャタイムを終わらせたのだろうか。

 こちらを見つめる両親の姿があった。

 特に母さんは、たしなめられてなおアモルさんに熱烈なまなざしを向けている。


「あなた、本当にきれいね。もしかして――」


 母さんはそこまで言うと、妖艶なほほえみを浮かべて、それから。


「天使?」


 天使。

 その言葉は一般的に、「まるで天使のようにかわいい」だとか、「天使のように美しい」だとか。

 そう言った意味合いを持って使われる言葉である。

 けれど母さんの放ったそれは、そういったものとは一線を画しているように感じた。


(形容的な意味合い以外のことは無いはずだけれど……)


 なんとなく不安を覚えた僕を差し置き。

 どうやら母さんの言葉から何かをくみ取ったらしいアモルさんが口を開く。


「あの、アリアさん。も、もしかしてですけど……」

「うふふ。察しがいいわね」


 瞬間、アモルさんと母さんの間で何かが通じ合ったらしい。


「分かるのよ。私もキューピットだったから」


 我が母はそう言ってドヤ顔を披露した。

 知っていたのかって? もちろん初耳である。


「母さん。そういうのってまずは子どもに教えとくものじゃないの?」

「だって~、どうせ信じないでしょ? 実物を目にするまでは」


 言うや母さんは「ねっ!」とアモルさんに笑顔を送った。


「まったく、血は争えないなあ」


 様子を見守っていた父さんが、苦笑交じりで話し出す。


「僕とアリアも君たちと同じだったんだよ」


 僕らと同じ。

 すなわち、キューピットだった母さんに父さんが恋をして、母さんはキューピットをやめて父さんと結ばれる道を選んだ……ということだろう。


「しかしまあ、運命の人と巡り合えてよかったなあ、一人」

「それはそうだね。ずっとフラれ続けてきたから、このまま一生独り身かと思ったよ」

「……実はそれについてはからくりがあってな」


 ん? 父さんがなんだか申し訳なさそうな顔になったぞ。


「一人が運命の人と結ばれるように縁結神社でお祈りをしたんだ。その結果、一人は運命の人と出会うまで誰とも結ばれることは無かったというわけさ」

「そ、そういうことだったんだ……」


 なにそれ、一歩間違えれば呪いみたいじゃん!

 まあ祈りも呪いも似たようなもんか。


「父さんと母さんのおかげでアモルさんと巡り合えたってことなら、二人には感謝だね」

「ええ。お義父様、お義母様。おかげさまで一人さんと出会えました」

「あら! お義母様だなんて気が早いわぁ~」


 母さんがそう言うと、リビングに僕ら四人の微笑があふれた。







 両親とアモルさんの顔合わせは終わり、僕は彼女を自宅まで送っていくことに。


「素敵なご両親でしたね」

「そう言ってくれて嬉しいよ」


 すっかり暗くなった景色の中、言葉を交わしながら並び歩く。


「結局、緊張しっぱなしでした……」

「アモルさんは真面目だからね」


 あの両親に何を緊張することがあろうか、と僕は思うけれど。


「次はもっと時間に余裕をもって声をかけるよ」

「ええ、そうしてください。そうでなければ心の準備が間に合いませんから」

「ははは……」


 そろったテンポでアスファルトを踏んでいく、二人の足。

 最初の頃はちぐはぐだったけれど、今ではすっかり合わせられるようになった。


「一人さん」


 足並みのことを考えていると、ふと思いついたようにアモルさんから声がかかる。


「合わせてくれて、ありがとうございます」


 どうやら彼女も同じことを考えていたらしい。


「あ、いや……逆に今までゴメンね」

「いえ、謝ることないですよ。ただ嬉しいなあって」


 彼女はそう言って僕の腕に身体を寄せた。

 握られた手のぬくもりが、より一層愛おしさを強めた。







「もう着いちゃったね」


 歩いてしばらく。

 いつの間にかアモルさんの住むマンションの前にたどり着いた。


 キューピットをやめて数か月。

 彼女は不慣れながらも人間としての生活を送っている。

 今はこのマンションで一人暮らしをしている女子高生である。


「ありがとうございました。ではここで」

「あ、今日は部屋の前まで送らせてくれない?」

「? ええ、構いませんが……」


 離れようとしたところを熱っぽく引きとめたからか、アモルさんは少し驚いた様子だった。

 その後エレベーターを使い、目的の階で降りアモルさんの部屋の前に着く。


「ふふ。わざわざありがとうございます」

「ううん。……あ、あのさ、これ」


 僕はポーチからそれを取り出すと、アモルさんに手渡した。


「これは……キーホルダーですか?」

「うん。ちょっと早いけど、3か月記念に」


 彼女に渡したのは弓矢をかたどったキーホルダー。

 矢の先端にはハートがついている。


「アモルさんっぽくていいかなと思ってね」

「ふふ、嬉しい。これを渡すためにここまで来てくれたんですね」


 彼女の端正な顔に天使の笑顔が咲いた。

 今はもう天使ではなくとも、それはまさに天使だった。


「ありがとうございます。……大事にしますね」


 彼女はそう言ってキーホルダーを胸に抱きしめた。


「……じゃあ、また明日」

「はい。また明日です」


 別れの挨拶を交わし立ち去ろうとしたその時。

 ぐい、と手を引っ張られた。


「——!」


 そのまま声も出せぬうちに、僕のくちびるにやわらかなものが触れた。

 目の前には目を瞑ったアモルさんの美しい顔。

 キスされた、と気づいた時にはもう、彼女のくちびるは離れてしまっていた。


「ふふっ。一人さん、大好き!」


 そうやって、彼女がいたずらに微笑んだから。


「僕も、大好きだよ」


 僕も負けじと彼女を抱きしめ、今度は自分からキスをしたのだった。




<了>

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失恋回数100回の僕の前に現れた【天使】みたいな運命の人、ガチで【天使】だった。 こばなし @anima369

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