第9話 縁結びの神様

(これが幸せか)


 アモルさんと抱擁し、しばしその幸福感を堪能していると――

 神社にすさまじい轟音と共に雷のような激しい光が降ってきた。


「……っ」


 アモルさんは恐怖からか、僕の胸の中で身体をびくつかせた。


「大丈夫?」

「はい……それよりも、」


 彼女はそう言うと光の落ちた場所に視線を送る。

 同じように僕もその場所を見ると。

 光の中からローブを身にまとった白い長髪の老人が現れた。


「神聖な神社でイチャイチャしおって、けしからん!」


 彼はそう言って僕らに近づいてくる。


「主様……」


 アモルさんはそう言って僕の背に隠れる。

 彼女の反応を見るに、老人はこの縁結び神社の神様だろうか。


「アモルよ。貴様、何のつもりだ?」

「……」


 老人はアモルさんに問いかける。


「禁忌を忘れたわけではなかろう」

「はい……」


 神様は言いながらこちらへ詰め寄ってくる。


「待ってください」


 僕はアモルさんの盾になるようにして、老人の前に立ちはだかった。


「なんじゃ、人の子よ」

「神様、初めまして。僕は持手無一人と言います」


 名乗りつつ、うやうやしく頭を下げる。


「突然ですが、お願いがあるのです」

「願いじゃと?」


 疑問符を浮かべる神様を前にして、僕はその場にひざまずき、正座をして頭を地面に着けた。


「アモルさんを僕にください」

「ひ、一人さん……」

「僕は彼女のことが好きです。彼女以外に縁を結んでほしい相手なんていません。だからお願いです。僕とアモルさんの縁を結んでください!!」


 対して神様は。


「人の子よ。お主は恋に落ちたキューピットの末路も知っているのか?」

「……末路、ですか?」


 そこまでは聞いていないような。


「その様子だと知らぬようじゃな。まあ、アモルから言うはずもないじゃろう」


 神様の言葉を受けてアモルさんを一瞥すると、うつむいていた。


「キューピットは恋をしてはいけない。恋をしたキューピットは、最終的にキューピットでは無くなるからじゃ」

「……!」


 そうだったのか。


「キューピットとしての能力を失い、人として人間界で生涯を送ることになる。それが恋に堕ちたキューピットの末路なのじゃよ」


 神様はどこか哀しい目をして語った。


(だとすれば、アモルさんも……)


 美しい天使の羽も、頭上の輪っかも無くなって、一人の人間になる。

 さっきはあんな風に言っていたけど、アモルさんはそれでいいのだろうか?


(でも……)


 僕はもう、自分の気持ちに嘘はつけない。


「それでも僕は、アモルさんのことが好きなんです。幸せにしたいって、心から思っているんです! この人じゃなきゃ……いやだ!」


 振り絞ったのは、懇願するような情けない声だった。


「ほう、それほどまでとはな……。さて、貴様はどうなのじゃ? アモルよ」


 神様が視線を飛ばす先、彼女の目には涙が浮かびつつも、その顔には決意がみなぎっていた。


「私も……自分がキューピットだからだなんて関係なく、一人さんを幸せにしたいと思っています。いえ、正しくは――」


 彼女はめいいっぱいの勇気を振り絞る。


「一人さんと、幸せになりたいです!!」」


 まるで魂を揺さぶられるような、心からの叫びだった。


「ふむ……」


 神様は僕らの言葉を受け白い眉毛を寄せた。

 それからしばらくひげを撫でながら思案気な顔をする。


「……まさか、彼奴等の望んだ縁がこのようなものだったとは」


 神様は遠い目で意味の分からないことをつぶやくと。


「よかろう。アモルよ、貴様を天界から追放する」

「……はい」

「それが何を意味するのか分かっておるな?」


 神様は真剣なまなざしでアモルさんを見た。


「もちろんです。天使としての寿命も恩恵も何もかも失い、ただ一人の人間として生涯を終えること……。重々承知しております」


 アモルさんも覚悟を決めた瞳で神様を見つめ返す。

 しばし視線を飛ばし合い、しばしの後に神様はため息をつく。


「そうか。ぬしは頑固じゃからな、もう何を言っても聞かんじゃろ。せいぜいそこの人の子と仲良くするがよい」

「……ありがとうございます」


 アモルさんは神様に向かって深々と頭を下げた。

 僕はその様子を見守っていたのだが、ひとつ疑問が生まれる。


「あの、アモルさんが人間になったらどうなるんですか?」

「どうとはなんじゃ?」

「いや、戸籍とか住む場所とかそういうのって」


 大前提としてそういった部分が謎過ぎる。


「そりゃあ、お前。神様権力で世界の理を捻じ曲げるのじゃよ」

「なるほど」


 どうやら愚問だったらしい。


「安心せい。アモルには一人の人間として生活できるように環境を与えてやるわ」


 何をどうやってそうするのかは分からないが……

 まあ神様が言うんだし、どうにかなるんだろう。


「難しいお願いを聞いてくださりありがとうございます、神様」

「ふん、ワシをなんじゃと思っとる。縁結びの神様じゃぞ? 結べぬ縁など無いわい!」


 僕がとりあえずお礼を言うと、神様はえっへんと胸を張った。


「ただ、礼代わりにおぬしらの本気を見せてもらおう」

「本気?」

「そうじゃ。ちょうど神様の前じゃし、いい機会じゃろ」

「……!」


 神様の言わんとしていることをなんとなく察し、アモルさんを見る。


「あ、主様っ……!?」


 彼女も同じく察したようで、いつもは白い頬をリンゴのように真っ赤に染めていた。


「なんじゃ、出来ぬのか?」

「……いえ」


 僕は煽るような神様を横目に、赤面中のアモルさんの前に歩み出る。


「アモルさん、いい?」

「……は、はい」


 彼女は小さくうなずくと、緩く瞑目した。

 僕は彼女の肩を抱き――その柔らかなくちびるに、そっと自らのくちびるを重ねた。

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