第8話 告白
「ど、どうして……」
アモルさんは僕の報告に困惑している。
「僕には……好きな人がいるんだ」
だから今、その人にこの想いを伝えなければならない。
背中を押してくれた幼馴染の想いに応えるためにも。
◆
時間は少し前にさかのぼる。
『ごめん、他に好きな人がいるんだ。だから君とは付き合えない』
僕はきららからの告白に、迷いなくそう答えた。
『……やっぱり、そうだったのね』
きららは仕方なし、といった表情で返す。
まるで最初からこうなることが分かっていたかのように。
『気付いていたの? 僕に好きな人がいることに』
『そりゃあそうよ。何年あんたのこと見てきたと思ってるわけ? ここ最近のあんたはずっと『運命の人に出会っちゃいました!』って顔してたわよ』
きららはそう言って、自慢げに胸を張ると。
『ほら。待たせてるんでしょ? 今にも走り出しそうにしてるじゃない』
ツインテールをふいっと揺らし、背を向ける。
『早くその子のとこに行って、想いを伝えなさい』
きららはこちらを振り向かないままで言うと、胸の前で腕を組んだ。
まるで自らを抱きかかえるように。
それを見た僕は気付けば――
『ありがとう、きらら』
幼馴染を後ろから抱きしめ、感謝を告げていた。
『!? ちょ、バカじゃないの!?』
『がはあっ!?』
きららは僕のみぞおちに肘鉄を放ち、さらには蹴りを食らわしてきた。
『早く行きなさいって言ってんの!』
『わ、分かった』
僕は言われるがまま駆け出す。
『ちょっと待ちなさいよ!』
『今早く行けって言わなかったか!?』
そう悪態をつきつつ振り返ると。
そこにはうっすらと瞳に涙を浮かべつつ、強気な笑顔を向ける幼馴染の姿が。
『これからだって、アンタは私の大切な幼馴染のままなんだからねっ! 幸せにならないとぶっ飛ばすわよ!』
きららはそう言って僕にずびしいっと人差し指を突きつけた。
『分かってるよ』
『分かってるなら……はやぐ行け、ばか……!』
『……うん』
涙で顔をぐしゃぐしゃにしていくきららを置き去りにし、僕は縁結神社へと走り出した。
◇
そして今、その想いを伝えるべき相手の前に僕は立っている。
「アモルさん、聞いてくれ」
まだ困惑の最中にある彼女をまっすぐに見つめる。
「僕は……君のことが好きなんだ」
「……ッ」
「初めて会った時に思ったんだ。この人の笑顔が見たいって」
一目ぼれだなんて言葉では済ませたくないけれど……
——この人しかいない!
と強く思わされるような何かをアモルさんから感じたのだ。
「それから一緒に過ごす中で、一生懸命僕を幸せにしようとしてくれたところも、ちょっとドジなところも、意外と頑固なところも……色んな一面を見せてくれる君に、僕はどんどん惹かれていった」
そしてあの日。
四人で夜の学校に忍び込んだ日。
「隠れて弓矢の練習に励む君を見て、僕が笑顔にしたいと一番に思わされるのは君だって、強く実感した」
だから、恋人を作って喜んでもらおう。
そんな風に考えたけれど。
「一番に思い描く人が他にいるのに、それ以外の誰かと付き合おうなんて……結局僕にはできなかった。僕が一番に笑顔にしたいのは、一緒に居たいって思ってしまうのは……どうしたって君なんだよ、アモルさん」
「……」
目の前の天使は僕の告白にひとまず沈黙で返すと――
「……これ以上ないくらい、嬉しいです」
「なら、」
「でもダメなんです!」
彼女は後ろ手を組んで僕から目を逸らす。
「キュ、キューピットは恋愛禁止なので……」
僕はそんな彼女の様子を見て、思わず「ふふ」と笑ってしまった。
「? どうして笑うのですか?」
「アモルさんって隠し事してる時、後ろ手を組むよね」
「……!」
アモルさんは僕の言葉にあわてて、組んでいた後ろ手を解き体側につけた。
「ほら、やっぱり何か隠してる」
「ず、ずるいですよ! いつもはにぶちんさんなくせに!」
アモルさんは真っ赤になって憤慨した。
こんな時に思うのもアレだが……怒っている姿も可愛らしい。
さておき。
「本当に恋愛禁止のルールだけが理由?」
僕がたずねると。
「……もう、隠しきれませんね」
彼女は観念した様子で語り始める。
「……私には、一人さんと幸せになる権利なんてありません」
「どうして?」
「私、最低なヤツなんです」
目の前の天使はわずかにその金髪を風にそよがせ、今まで見せたことのない自嘲的な笑みを浮かべた。
「一人さんの恋人づくりが上手くいかなかった理由、分かりますか?」
「それは、僕が君以外の人に気持ちを向けることができなかったからだ」
「違うんです」
アモルさんはぴしゃりと言い切り僕の目を見て、それから。
「わっ、私は……あなたを独り占めしたかったの!!」
胸に手を当て、切迫した表情で叫んだ。
「……キューピットの力って、何が原動力になるか分かりますか?」
「誰かを幸せにしたいって気持ちとか?」
「半分正解です」
だとすれば、もう半分は――
「半分は余計です。キューピットの原動力はキューピットが何を願うかによります」
「つまり、幸せにしたいかどうかは関係ない、と?」
「はい」
だから、と彼女が続ける。
「私の願いはあなたを幸せにすることではなく、あなたを――一人さんを私だけのものにすることだったんです」
「それが反映された結果、僕に恋人ができなかったってこと?」
アモルさんはこくん、とうなずく。
「口ではあなたを幸せにすると言っておきながら、内心はずっと……ずっとずっと、あなたを他の人に渡したくなくって必死でした。出会った頃からのあなたを見ていて、私はもう、あなたを幸せにしたいというよりも、あなたと一緒に居たい、あなたと一緒に居て、私自身が幸せになりたいという気持ちでいっぱいになってしまったのです」
静かに。されど一息に――
まるで罪を告白するかのように彼女は語った。
「そんな最低な私にあなたと一緒になる権利なんて、」
「アモルさん」
僕は卑屈になっていく彼女の言葉をさえぎる。
「僕、嬉しいよ」
「え?」
「君が抱いている気持ちはいたって自然だ。僕だって同じように思うから」
僕も誰かに恋心を抱くとき、必然的にそんな風に思うから。
「誰かを独り占めしたい。それはどうしようもなく考えてしまうことだ」
「……幻滅しないんですか」
「しないよ。たとえそれが清廉潔白な天使だろうと、自然なことだと僕は思うから。それに――」
「僕は君が天使だから……キューピットだから好きなんじゃない。君だからいいんだよ」
「……!!」
「恋心を抱くことで堕落してしまうというのなら、一緒に堕ちてしまえばいい。そういう風に思えてしまうくらい、僕も悪人さ」
僕はそう言って彼女の手を取る。
「だから、そんな悪人の僕とでも良かったら……一緒に堕ちてくれ」
僕が言うと、アモルさんは幼子のように泣きだした。
「悔しい……そんな風に言われて、嬉しいと思ってしまう自分が、悔しいです」
泣き顔とも笑い顔ともつかない顔で彼女は言う。
「一人さん……あなたにそこまで想ってもらえて、私、幸せです」
でも、と続ける彼女。
「まだ足りません。私、あなたともっと一緒に居たい。二人だけの時間をもっと作りたい」
そう言って彼女は僕の胸に跳び込んできた。
「こんな欲にまみれたダメ天使でも……抱きしめてくれますか?」
胸に顔をうずめた彼女の言葉に、笑顔で応える。
「もちろん」
僕は彼女を受け入れ、翼の生えた華奢な背中に手を添えた。
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