第7話 アモルの葛藤

 私は縁結神社の階段に腰かけ、彼を待っています。


(……もうずいぶんと陽が落ちてきました)


 察するに、きっと一人さんは乙成さんと仲良くお話でもしているのでしょう。


(……考えただけでモヤモヤしてしまいます)


 こんな私のことが、本当に嫌になります。







 始まりは彼——一人さんがこの神社に来た時からでした。


『素敵な恋人と出会って……その人を幸せにできますように』


 そう言って手を合わせた彼に思わず感心したことを今でも覚えています。


(まだ見ぬ相手のことを想う姿勢やよし)


 殊勝な姿勢に心打たれた私は、彼を幸せにするべく動き出したのです。


(さくっと縁を結んであげましょう!)


 さっそく彼を傍で見守ることにし、数日間後をつけます。


 店員さんから商品を受け取ってお礼を告げる彼。

 木から降りられなくなった猫を助ける彼。

 迷子の母親を一緒に探し回る彼。


 そんな彼の行動を見て、私は――


(素敵……)


 気づけば仕事のことを忘れて一人さんを追いかけていました。


(こんないい人をふっちゃうなんて、皆さん見る目がありません。誰も貰い手がいないのなら、いっそのこと私が――)


 キューピットとしてあってはならないことを考えてしまうほど、彼に夢中になりました。


『わーお! 君、可愛いね』

『……!?』


 いつの間にか実体化してしまっていることすら忘れるくらいに。

 そして彼に助けられて、行動を共にするようになって……







(彼への想いは、行くところまで来てしまいました)


 一人さんと一緒に過ごすうちに、更に彼への想いは膨れ上がっていきました。


(ああ、私はなんてひどいキューピットなのでしょう)


 自分の矮小さに思わずため息がもれます。

 彼に恋人ができなかった理由。それは――


(きっと私のせい、ですね)


 キューピットとしての能力の制御。

 それには心のありようが大きく関わってきます。


 ——自分自身が何をどう願うか


 それが重要なのだと先輩方から教わってきました。


(だからこそ、今回はこうやって席をはずしたのですが――)


 これはこれで、胸が苦しくて引き裂かれてしまいそう。


(はやく楽になりたい)


 私が距離を置けば、心配は無用なはずです。


 きっと一人さんからはを聞けることでしょう。


「……ふふっ」


 こんなに聞きたくもないも無いでしょうけれどね。

 自嘲的な思考を巡らせていると、軽快な足音が近づいてきます。


「アモルさん!」

「……一人さん」


 鼓膜に跳び込んできた明るい声。

 即座に表情を作り、彼の顔を見つめます。


(なんだか嬉しそうな表情です)


 一人さんは憑き物が取れたかのようなすがすがしい顔をしていました。

 きっと乙成さんと付き合うことになったのでしょう。


(私の役目もこれで終わり、ですね)


 迫りくる終わりの瞬間に、どうしようもなく胸を締め付けられます。


(でも、この苦しみとももうさよならです)


 だから、あと少しだけ。

 私は彼の前でキューピットとしての表情を保つことにしました。


「一人さん、どうでしたか?」


 表情が歪みそうになるのをこらえ、必死で笑顔を作ります。


「アモルさん、君のおかげで良い選択ができたよ」


 一人さんは迷いのない、晴れ晴れとした表情で言いました。


(ああ、やっぱりそうなんですね)


 乙成さんとお付き合いすることに決めたのでしょう。

 私は覚悟を決め、一人さんの次の言葉を待ちます。


「きららからの告白は――断ってきた」

「そうですか! おめでとうございます…………って、え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る