第6話 きららの好きな人
それから数週間後の朝。
いつも通りアモルさんと舗装された道を歩く。
彼女は引き続き僕の恋愛成就をサポートしてくれている。
「一人さん。最近、やけに人気が出てきましたね」
「僕が言っちゃうと自意識過剰みたいだけどな」
しかし確かに彼女の言う通りではある。
「僕に近づくと恋愛運が高まるって話がどんどん広まってる」
発端は仲吉と瞳さんだ。
二人はあれからしばらくして付き合い始めたのだが……
「仲吉が『きっかけは持手無が体育の授業で活躍の場をくれたからだ』とか言って、僕をキューピット扱いしてくるんだ」
それがうわさとなり、尾ひれがつき、いつしか僕のそばに居ると恋愛運が上がるなんて話が広まったのだ。
本物のキューピットは、他でもない今僕の隣にいるこの人なのだが。
「アモルさんがそばに居ることで、僕の周りの人の恋愛運も高まってるんだよね?」
「はい。おそらくは」
実質、僕の周囲にはカップルが増えた。
「すみません、一人さんはまだなのに」
「謝ることはないよ。出会いが増えているのは間違いないんだし。それに、君は沢山の人を幸せにしているじゃないか」
そう。彼女は充分に働いてくれている。
「周りの人が幸せになっていくのも幸せだし……最悪僕に恋人ができなくてもいいかなーって思ってたりする」
「……」
アモルさんは後ろ手を組み、無言になる。
どこか陰のあるような、神妙な顔つきで。
「まー、僕にはアモルさんがいるし」
元気づけようとそんなことを言ってみれば。
「……そういうこと言われると困っちゃいますから」
と顔を背けるのだった。
◇
昼休み。僕と仲吉はいつものごとく特別校舎裏でしゃべっている。
アモルさんの姿は見当たらない。
きっとまた隠れて矢を射る練習でもしているのだろう。
「料金制にしてみねーか?」
突然切り出したのは仲吉だ。
いったい何の話かと言うと。
「持手無の恋愛運にあやかりたい人はお金を払うこと。神社でもお賽銭とか入れるだろ?」
「流石にそれはちょっと」
「ここまで知り合いみんなに次々と恋人ができれば、もう神通力の域だろ」
仲吉の言葉を容易く否定することはできない。
彼の言う通り、僕と関わる多くの人に恋人ができ始めているのは否定できないから。
無論、僕の力ではないけれど。
「ほんと、持手無には感謝してるんだぜ?」
「そんな大層なことは」
「してるって。だから頼む。料金制にして分け前の5分の4くらいを俺によこしてくれ」
「感謝が伝わってこねえ」
そんなくだらなくも心地良い会話に興じていると。
「ちょっと、アンタたち」
僕らの前に赤髪ツインテールの幼馴染が立ちはだかった。
「何か用かい、きらら」
「そ、その……えっと」
きららは柄にもなく、もじもじと恥ずかしそうに髪をいじり、視線をせわしなくさまよわせている。
「さては、恋愛関係の話か?」
「なっ!? なんで分かったのよ!?」
くわわっと目を見開くきらら。
「そういうことならまずはお賽銭を貰おうか」
「分かったわ。1,000円でいい? ……ってそうじゃなくて!」
違うのか。てっきり僕の恋愛運にあやかろうという魂胆かと思ったが。
「その、えっと、ね?」
きららはもじもじして何か言いづらそうにしている。
黙って次の言葉を待っていると、きららに代わって口を開いたのは仲吉だった。
「俺、ちょっと外すわ。また後で教室でな」
「ん? あ、ああ」
どことなく気を遣われたような気がしたが、どうしたのだろう?
「……ごめんね、二人で話してたのに邪魔しちゃって」
きららはやっと口を開いたかと思えば、いつになく気弱な態度だ。
「別にかまわないよ。どうしたんだ?」
「これ、受け取って欲しいの」
そう言ってきららから差し出されたのは一枚の洋封筒。
「じゃ、私、行くから!」
「? は、はあ……」
気の抜けた返事を聞きもせず、きららは走り出した。
取り残された僕は封筒の中身を確認する。
「こ、これは――!?」
◇
放課後、今日の一件をアモルさんに報告する。
「ラブレター、ですか!」
「うん。まさかきららが僕のことを好きだっただなんて」
きららから受け取ったのはラブレター。
『一人へ。面と向かっては上手く言えないから、お手紙で伝えます。あなたのことがずっと大好きでした』
手紙にはそんな文面が綴られていた。
「いやあ、まさかあのきららがね……」
僕が頭の後ろで手を組みつつ、感嘆の声を漏らしていると。
アモルさんは僕を見て愕然とした表情を浮かべた。
「どうかした?」
「い、いえ。やっぱりにぶちんさんだなあ、って」
そう言ってアモルさんはくすりと微笑んだ。
「でも、嬉しいです。やっと一人さんに恋人ができそうで」
「……」
後ろ手を組みながら笑顔で語ったアモルさんに、僕は沈黙で返した。
「お返事は明日の放課後、裏門側の公園で……ってことでしたよね?」
「うん」
きららはそこで、僕の返事を聞かせて欲しいと手紙に書いていた。
「……私、明日は席を外すことにします」
「見守ってくれないの?」
「覗きみたいで趣味が悪いかなって」
彼女は眉毛を八の字にして微笑む。
「結果はもう分かってますし、帰りがけに神社に報告だけしに来てください」
「そ、そっか……」
趣味が悪いも何も、これまでそういった場面を見守ってきといて今更じゃないか? と思ったが――
「じゃあ、神社で待っていてね」
彼女の言う通り、結果はすでに分かっている。
確かにわざわざ見守ってもらう必要もない。
「分かりました。一人さん、お幸せに」
「うん、じゃあ、また明日」
「……」
去り際の言葉に返る声はなく。
彼女は目も合わさずに飛び去って行った。
◇
翌日の放課後。
「来てくれたのね、一人」
僕の目の前にはラブレターの差出人、きららがいる。
「その……読んで、くれた?」
彼女は緊張の面持ちで僕に問うた。
「ああ。驚いたよ。まさかきららが僕のことを好きだったなんて」
「私も驚いたわ。私の気持ちがみじんも伝わってなかったってことにね……」
きららが少し肩を落とす。
「……」
僕はそんな彼女に言葉を返せずにいる。
本当は多少なりとも彼女の気持ちに気付いてはいたから。
「私ね、」
唐突に、きららが沈黙を破る。
「ちっちゃい頃からずっとずっと、一人のことが好きだったの」
彼女は手紙にも書いてあったことを改めて口にする。
「素直じゃない私を、憎まれ口ばかり叩く私を……それでも大切な幼馴染だって言ってくれる。私のこと、ちゃんとわかってくれるから」
昔のことを思い出しているのか。
きららの顔はいつになく穏やかだった。
「そんな一人が、最近では色んな人に囲まれるようになって……私、思ったの。このままじゃ誰かに先を越されちゃうんじゃないか、って」
それでこのタイミングだったというわけか。
「改めて言うけれど、」
きららはそう言ってスカートの裾をぎゅっと握りしめ、まっすぐに僕の目を見つめる。
「一人。アンタのことが好きよ。私とお付き合いしてくれないかしら?」
頬は紅潮し、瞳はうっすらと潤み、拳はぎゅうっと握りしめられていて。
彼女の口からはめったに聞くことのない、心からの言葉であることが伝わってくる。
「ありがとう、きらら」
だから、僕も精一杯の誠実さで返さなきゃならない。
今日はその覚悟を持って、ここにやってきたんだ。
「僕は――」
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