第5話 彼の恋路

 弓道場での一件から数日後。

 体育館ではダムダムとボールの弾む音が響いていた。


 ——お前ら、女子にいいとこ見せるぞ?

 ——おう!!!


 4時限目の体育にて。

 バレーボールのゲーム練習をしている僕含む男子たちは一致団結していた。


「持手無、準備は良いか?」


 仲吉は気合十分といった様子で腕を十字に組んでストレッチしている。


「ああ、任せてくれ」

「お前のにかかってるぞ」


 仲吉がそんな謎のいじりをしてくるのにはワケがある。

 先日の弓道場での一件について、


『実は僕にはたまに霊感が敏感になるときがあり、矢を的に当てられないままこの世を去った女子弓道部員を成仏させた』


 なんて説明で乗り切ったのが理由だ。


「いや、あれはその、たまたまだったんだよ」

「はは。……ともかく、負けないぞ」


 仲吉は応援している女子……その中の一点に目を向ける。

 そこに居たのは瞳さんだ。


「(がんばれー!)」


 彼女は両手でメガホンを作り、こちらに小さく声援を飛ばしている。

 ちなみにその隣で赤髪ツインテールが


「一人、顔面ブロック期待してるわよ!」


 と大声で叫んでいるがスルーする。


「なあ、持手無」

「ん?」

「……俺、勝負したい」


 仲吉は闘志の滾る目で僕を見た。


「仲吉……」


 彼が何を言わんとしているのか、僕にはもうよく分かっていた。だから――


「一緒に勝とうな」

「……? あ、ああ」


 仲吉が首をかしげるのを分かっていて、そんな風に返すのだった。


 ——準備は良いですか~


 間延びした審判の生徒の声にチームが応える。

 その刹那、あおぎ見た体育館の照明器具の陰では……


「……」


 神妙な顔つきの体育服姿のキューピットが弓矢を携えていた。







 試合は進み、マッチポイント。

 ここでチャンスが訪れる。


「あ、ミスった!」


 相手のトスが失敗し、ふわっと浮いた甘いボールがこちらのコート上空に高く上がる。

 これをそのまま相手コートに叩きつければ、かっこいい姿を見せる大チャンスだ。

 上空のボール越しに捉えたアモルさんは、先ほどから矢を放つチャンスをうかがっている。


(打ち合わせ通りいけそうだな)


 ここでアタックと同時に矢を放てば、きっと上手くいくだろう。

 恋心を焚きつけて恋愛成就。

 それが僕らの目指すところだ。


(仲吉——)


 隣に立つクラスメイトを一瞥する。

 そこにはいつも気さくに接してくれる親友の姿が。


(君の想い、痛いほどわかる。だから!)


 僕は今度は声に出し、「仲吉!」と合図する。


「(了!)」


 彼は僕の思惑を理解しうなずく。

 僕はジャンプしてアタックの素振りを見せるが――

 振りぬいた右手は空を切り、相手ブロッカーが驚きに目を見張る。


 ——フェイント!?


 やがて僕の後ろから現れた仲吉が相手コートにボールをたたき込んだ。


「うっ?」


 仲吉が着地すると同時、アモルさんの矢が彼の背中に当たり、消失する。


 ——ゲームセット~。1組の勝利です

 ——うおおおおおおお!!


 クラスメイト達が駆けより、僕と仲吉がもみくちゃにされる。


 ——んだよ、かっけーなお前ら!

 ——友情パワー炸裂じゃん


 男子、女子、問わず集まってくる。


「一人くん、豪くん、お疲れ様!」


 瞳さんも僕らに声をかけてきた。


「二人とも、すっごくかっこよかったよ」

「……だってさ、仲吉!」


 僕は隣の親友の背中を叩き、ダメ押しする。


「あ、ありがとう、瞳さん」

「……! やっと下の名前で呼んでくれたね?」


 瞳さんがひまわりのような笑顔で仲吉を見る。


「あれ、呼んでなかったっけ?」

「そーだよ。私は豪くんって呼んでるのに」

「そ……そっか」


 親友の初々しい反応に、見ているこちらが身悶えしそうだ。


「あ、あのさ!」


 仲吉が瞳さんをまっすぐ見つめる。


「アタック決めたご褒美にさ、今度の日曜日デートしてくれないか!?」

「……!?」


 仲吉の申し出に、瞳さんは目を見開き顔を赤くした。


 ——ひゅー!

 ——仲吉やるねえ


 クラスメイトからヤジが飛ぶ。


「ちょ、ちょっと……みんなの前で……」

「あっ!? ご、ごめん! なんか、今ならいける気がして!」

「ぷ……くっ」


 仲良しの正直過ぎる回答に、思わず笑いをこらえる瞳さん。


「お返事、昼休みまで待ってくれるかな?」

「も、もちろん」


 そこには微笑ましくなるような青春の空気が流れていて。

 僕はそれを、すこし離れて笑顔で見守った。







 それから放課後となり、僕は仲吉からことの顛末を聞いた。

 瞳さんは仲吉の申し出にOKし、今度の日曜日に二人はデートをすることになったらしい。


「いやあ、良かった良かった」


 自宅までの道を歩きながら、隣にいるアモルさんに語る。


「……本当に良かったんですか?」


 彼女は困ったように僕に問いかける。


「私が瞳さんに矢を放って、一人さん自身がアタックを決めていればきっと、瞳さんの好意はあなたに一直線だったはずです」


 確かにそうだったのかもしれない。

 けれど、そうしなかった。


「瞳さんは確かに可愛い。あの子が恋人になったら、なんて思いもした」

「じゃあ、」

「けれど、瞳さんでなくてはいけない理由は僕には無かった」


 同時に、瞳さんにも僕が恋人でなければいけない理由は無いだろう。


「ならば瞳さんに本当に好意を抱いている仲吉に幸せになってもらった方がいいって思ったのさ」


 その方が結果として全体的な幸福度は上がるだろうし。


「僕は気のいい親友に幸せになって欲しかったんだよ」

「そう、ですか」


 僕の言葉を聞いたアモルさんはしゅんとしてうつむいた。


「アモルさん」

「はい?」


 僕が立ち止まり声をかけると、彼女も数メートル先で止まり、振り返る。


「仲吉を幸せにしてくれてありがとう。きっと二人は恋仲になるだろうし、そうなれば友人としても嬉しいよ」


 アモルさんは不思議そうな表情を一瞬浮かべ、ふっと微笑んだ。


「……ほんとうに、仕方のない人です」


 アモルさんの微笑が、逆光で影になり美しく咲く。


「一人さんがそう思ってくれるのなら、私も喜ばざるをえませんね」 


 その笑顔を見た僕は、やっぱりこう思うのだ。


「僕が笑顔にしたい人は、やっぱり――」


 続く言葉は遮られた。

 白く細いひとさし指を口元に押し付けられて。


「ちゃんと一人さんにも恋人作ってあげますから」


 アモルさんは「ね?」と言って、どこか念を押すように僕を見る。

 それから、僕のくちびるに押し当てた人差し指を離し、僕の反応を待つ。


「……アモルさんは僕に恋人ができたら嬉しい?」


 きっと彼女が待っていた反応とは異なる言葉で返すと、純白の天使は僕に背を向け後ろ手を組んだ。


「当たり前です。一人さんに恋人ができたら、大喜びしますよ」

「本当に?」

「……」


 アモルさんは背を向けたまま、しばし沈黙する。


「……また明日です」


 それだけを言い残し、透明になって姿を消してしまった。

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