第4話 弓道場の幽霊
冴えない非モテ男だったはずの僕の人生。
それが今、急展開を迎えている。
「やっほー、一人くん」
気さくに挨拶し、そのまま学校へ向かう僕の隣に並ぶのは皇さん、もとい、瞳さん。
先日、僕のクラスに転校してきた超美人な女子生徒だ。
彼女の家は僕の家の近くらしく、自然と登下校を共にする仲になった。
「おはよう瞳さん。いい天気だね」
「ねっ。こんな日はずっと歩いてたいくらい」
瞳さんはそう言って僕の顔を覗き込む。
(これって、このまま二人でサボっちゃおう的なお誘いか何かかな?)
いや、いくらなんでも浮かれ過ぎだろ僕。
「……昼休みに屋上でお昼食べよう」
「わあ! それいいね♪」
提案してみたところ、瞳さんの表情にひまわりのような笑顔が咲いた。
「えへへ、とっても楽しみ」
にこにこと笑顔で鼻歌を口ずさみだした瞳さん。
彼女の横顔に見惚れていると、ふと背後に視線を感じる。
(あ、アモルさん)
振り向けば数十メートル後方の電柱の陰から、見慣れた天使がひょっこり顔を出し手を振っている。
キューピットとして僕の恋路を優しく見守っているのだ。
(今日もアモルさんは可愛いな……って、ん!?)
視線の正体が既知の存在だったことに安心したのもつかの間、更にその後ろ数十メートルの電柱の陰から禍々しい負のオーラが出ていることに気付く。
(何アイツ怖っわ……)
凝らした目で捉えたのは、幼馴染である乙成きらら。
両目をガン開きにしてこちらを見つめている。まるでホラー映画に出てくる怪異そのものだ。
「一人くん、どうかした?」
「あ、いや、何でもない。そういえばさ――」
僕は幼馴染の気配を必死で意識の外に追いやり、瞳さんとの会話に集中した。
◇
「おはよう、二人とも」
教室に入ると仲吉が僕と瞳さんを出迎えてくれた。
「おはよう仲吉」
「おはよう、
「……! お、おはよう、皇さん」
瞳さんに下の名前で呼ばれた仲吉は、あからさまに動揺し頬を赤くした。
それからHRまで他愛のない会話をしていると、仲吉が気になることを言い出した。
「最近、こういうウワサがあるんだ――」
それは夜の弓道場に幽霊が出る、という話だった。
「私、ちょっと興味あるかも」
瞳さんは顔を明るくしてうわさ話に乗っかった。
「じゃあ、行ってみる……?」
仲吉の遠慮気味な誘いに、瞳さんは「うんっ」と元気よく返す。
それを受けて仲吉が。
——お前も来るよな?
と助けを求めるように視線を向けてくる。
「じゃあ、僕も行こうかな」
「やったあ。じゃあみんなで肝試しだねっ」
「だね。で、きららはどうする?」
僕は問いかけと同時、左後ろの席を見る。
目が合ったきららの肩がぴくんと跳ねた。
「は? 何の話かしら」
「行かないの? 肝試し」
「ふ、ふんっ。小学生じゃあるまいし」
きららはそう言って興味なさげに窓の外を見た。
「……怖いのか?」
「は、はああ!? 怖くなんかないわよ! 分かった。行けばいいんでしょ、行けば!」
こうして4人で肝試しをすることに決まった。
◇
当日、夜の学校にて。
僕ら4人はこっそりと敷地内を歩いていた。
「なんだよ、くっつくなよ……」
「く、くっついてないし。アンタが怖がらないように手を握ってあげてるだけだから……」
きららは僕の手を握るどころか、腕にしがみついている状態だ。
「ふふ。一人くんときららちゃんって、夫婦みたいだよね」
「見ていて安心感があるよな」
僕らの様子を後ろから見ている瞳さんと仲吉が、何の気なしに語る。
「誰がこんな奴と夫婦よ!」
「そう言うなら離れんかい」
「……いやよ」
きららが僕の腕を強く抱きしめる。
「……離したくない」
そう言って意味ありげに上目遣いを向けて来る。
その瞳が言わんとしていることは分かりかねるけれど。
「……はあ。夫婦でも恋人でもないけど、きららは大切な幼馴染だよ。安心してしがみついてなよ」
日頃は口に出さずにいるが、きららのことは心からそう思っている。
言動は素直じゃないが、彼女は幼い頃からずっと一緒の大切な存在だ。
「……そういうとこ、大っ嫌い」
そう言ってきららはより一層強く、僕の腕にしがみついた。
「……いいなあ、きららちゃんは」
ぼそりと聞こえた呟きに振り向けば、穏やかな笑みを浮かべる瞳さんと目が合った。
「……」
その隣にいる仲吉は、やるせなさそうに視線を逸らしていた。
そうこうしている間に目的地の弓道場は近づき――
しゅとっ
というかすかな物音で一同に緊張が走る。
「僕が行ってみる」
僕の言葉に仲吉と瞳さんは一様にうなずいた。
「きらら、大丈夫だから待っててな」
「う、うん。……ちゃんと戻ってきなさいよ?」
腕にしがみついていたきららが、不安そうに僕から離れる。
そして僕は足音を殺し、弓道場の正面端から射場(射手が弓矢を構える場所)にゆっくりと回り込む。
物陰から射場を覗き込み、視界に入ったのは……見慣れた天使。
どうやら幽霊の正体は彼女だったらしい。
(……なんだか一生懸命だな)
アモルさんはは思いつめたかのような表情で弓矢を構え、何度も矢を放っている。
放たれた矢はどれも的を外しているが。
「……っ!?」
視線に気づいたのか、彼女は僕を見て小さく声を漏らした。
こそこそする必要は無かったが、一応静かに彼女の元へ向かう。
「(一人さん、どうしてここに?)」
「(弓道場に幽霊が出るってうわさの真相を確かめにね)」
僕とアモルさんはひそひそと小声で会話する。
「(アモルさんこそ、どうして?)」
「(私は、その……)」
言いよどむ彼女を見て察する。
「(練習?)」
こくり、とアモルさん。
「(この間みたいに外さないようにしたいんです)」
普段のふわふわな表情とは対照的に、きりりとした顔つきで語るアモルさん。
彼女の放つ矢には、命中した人の恋心を刺激する効果がある。
「(一人さんのこと、ぜったいに幸せにしたいから)」
その言葉に、うっかり勘違いしてしまいそうになる。
「(……ちょっとだけ見ててもいい?)」
「(分かりました。少し恥ずかしいですけれど)」
さっそくアモルさんは的に向かって弓矢を構えた。
何発か放つも、矢は的から逸れてしまう。
(構えに意識が向き過ぎている)
そう分析した僕は彼女の肩と腕をそっと支えた。
「(……っ!?)」
「(大丈夫。あとは的だけに意識を集中してみて)」
「(は、はい)」
アモルさんが静かに呼吸を整え、矢を放つ。すると――
たんっ、という音と同時に矢が的の中心に命中。
「やった、ちゃんと当たりました!」
張り詰めた表情がほころび、満面の笑みが咲く。
「いい笑顔だ。やっぱりアモルさんの笑顔は最高だよ」
「! ……もうっ。そういうのはちゃんと、彼女になる人に言ってあげてって言ってるじゃないですか」
「大丈夫。ちゃんと言うから」
するとアモルさんは困ったように微笑んで、後ろを向く。
「……私が大丈夫じゃありません」
「え?」
「ふふふ……一人さんって、にぶちんさんですよね」
にぶちん? と、疑問符を浮かべたその時。
がたん、と物音が。
振り向くとそこには愕然とした表情の仲吉と、目を丸くした瞳さん、そして瞳さんにしがみついて泣きそうになっているきららの姿があった。
「も、持手無? いったい誰としゃべってたんだよ……!?」
「え、誰って――」
あわてて向き直るも、そこにはもう誰もいなかった。
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