第3話 転校生

 いつも通りの学校への道。いつも通りの僕。

 けれど今日からは少し違う。


「一人さん、おはようございます」


 約束の時間ピッタリに現れたのは近頃知り合ったキューピットのアモルさん。

 彼女は僕に恋人ができるようサポートしてくれるのだそうだ。


「今日こそ一人さんに恋人を作って見せます!」

「気合入ってるね。でも、なぜに制服?」

「万が一、人前で実体化してしまった時にごまかせるようにです」


 麗しの天使様はそう言って、宙に浮いたままくるりと横に一回転した。


「逆効果だと思うなあ」

「? どうしてですか?」

「可愛い過ぎて大騒動になる」


 既に僕の心の中は大騒動してる。


「ふふっ。もう、一人さんはお上手ですね。褒めても何も出ませんよ?」


 アモルさんはそう言うと、照れくさそうに顔をほころばせた。

 周囲がの空気が明るさを増すほどのエンジェルスマイルだ。

 そんな彼女の笑顔をもっと見たい。


「アモルさんのためにも、彼女ができるように頑張るから」


 とは言ったものの。


「まず、何をすればいいんだ?」

「いつも通りで大丈夫です。あなたのような素敵な人に、彼女ができないはずはありません」


 自信満々で言ってくれるのは嬉しいが。


「話した通り、これまで僕は100回も失恋しているのだけれど」

「私がついているので大丈夫です! 言ったでしょう、私と居れば恋愛運が高まると。ほら――」


 アモルさんが語ると同時、たったったったと足音が近づき。


「!?」「きゃっ!」


 僕と足音の主はぶつかって尻もちをついた。


「いたた……ごめん、だいじょう――」


 相手の状態を確認しようと目をやれば……

 そこにはハーフアップにまとめられた艶やかな黒髪に、整った目鼻立ちとモデルのようなスタイルの女子高生が。


「こっ、こちらこそ、ごめんなさい」


 彼女は尻もちをついたまま、小鳥のさえずるような声で謝罪する。


「……」


 僕は彼女の謝罪そっちのけで、ある一点に視線が釘付けなってしまった。


「……!」


 彼女は僕の視線に気づいたのか、慌ててスカートを押さえて立ち上がる。


「そ、それではっ!」


 それだけ言って走り去ってしまった。


「縞柄だったな……」


 僕も立ち上がり、スカートの中を回想していると。


「ふーん。縞柄が好きなんですね?」


 いつの間にか僕の横に舞い戻ったアモルさんが、冷ややかな視線を向けてきた。


「あっ、えっと、そのぉ――」


 僕はごまかすようにして足元を見る。と、


「……何か落ちてる?」


 四角い布に可愛らしい刺繍が施された物体。

 どうやらハンカチのようだ。


「先ほどの方が落とされたみたいです。持っていればきっとまた巡り合える予感がします」


 彼女はそういった予感を、『赤い糸』と呼んでいるらしい。

 僕はアモルさんを信じ、ハンカチを拾って学校へ向かった。







「おっはよう、持手無~」


 教室へ着くと、親友の仲吉が明るい声をかけてくる。


「どうした、やけにテンション高いな」

「このクラスに転校生が来るらしくてな。なんでもめっちゃ美人らしいぞ」

「へえ」


 どうりで教室中が騒がしいわけだ。 


「俺的には、黒髪ハーフアップのお嬢様な感じの女の子だったらいいなあ」

「あー、アリだわ」


 しかし黒髪ハーフアップというと、なんだか最近見た気が。


「なによ浮かれちゃって」


 脳裏に描いた麗しきお嬢様の姿は、とげとげしい声にかき消される。


「可愛い子だろうとなんだろうと、一人の恋人になんてなるはずないでしょ」


 あいさつ代わりに憎まれ口をたたいてくるのは僕の幼馴染、乙成きらら。

 赤髪のツインテールを颯爽と揺らし、朝練後につけたであろうさわやかな制汗剤の香りを漂わせている。


「よく恥ずかしげもなく言えたもんだな。きららだって恋人できてないくせに」

「はあ? 勘違いしないで。私は恋人できないんじゃなくて作ってないだけだしィ」


 そう語る彼女は実際、しょっちゅう告白されている。

 なぜかすべて断っているらしいけれど。


「いたことないなら僕と同じだろ?」

「そうね、アンタがフラれた回数と、私がフッた回数は同じかもね」

「僕は常に挑戦してるんだよ。臆病な誰かさんとは違ってな」


 僕が言うと、きららは席に着きながら、ぼそっと呟く。


「……人の気も知らないで」

「え、何て?」

「転校生に期待とかキモイって言ったのー」


 きららは頬杖をついて窓の外を見た。

 彼女の席は僕の斜め後ろ。仲吉の隣である。


「相変わらず仲良いなお前ら。ていうかさ、転校生ってどんな匂いがするんだろうな」


 空気を良くしようと気遣ってか、仲吉が話をふってくる。


「そうだな、柑橘系のシャンプーの匂いとかしたら最高だよな」


 仲吉の気配りに報いるべく応じると、またもや天敵が水を差す。


「ふん。アンタは私の汗の匂いでも嗅いでなさい」


 きららは左腕を上げ、わきの下の空気を下敷きであおいで僕の方へと送り込んできた。


「あぁー、きららの匂いがするわぁー」

「きもっ。あんたにはデリカシーってもんが無いの?」

「いや、汗の匂い嗅がせてくる奴がそれ言う?」

「そんなんだから彼女出来ないのよ」

「きららこそ、そんなんだときららのことが好きな連中も幻滅するぞ」

「わ、私が汗の匂いをかがせるのはあんただけなんだからねっ!」


 そこで観戦していた仲吉がひとこと。


「ひゅー、いいなあ持手無は乙成の汗の匂い嗅がせてもらえて」

「うれしくねえ……」


 そうこうしているうちに予鈴が鳴り、担任の先生が教室に入ってくる。


「はーい、静かに。今日は新しい仲間を紹介しまーす」


 先生のどうぞという合図で扉が開かれると、入ってきたのは……


「初めまして。今日からこのクラスでお世話になります、すめらぎひとみです。よろしくお願いします」


 つややかな黒髪をハーフアップにまとめたお嬢様然とした雰囲気の女の子。

 まさに今朝ぶつかった女の子だった。

 なるほど、これが『赤い糸』か。


 ——かわいい……!

 ——美しい……!


 壇上で微笑む皇さんを見たクラスメイトたちがざわめく。


「ま、マジで美少女!?」

「なっ、何よ、めっちゃ美人じゃないの……!」


 仲吉は歓喜し、きららはなぜか恐れおののいていた。


「皇さん。席はあそこ……持手無のとなりに座ってくれ」

「分かりました」


 皇さんは僕の席に向かって歩き出す。


「あっ」


 途中で目が合い、小さく声を漏らした。


「さっきはごめんなさい。よ、よろしく……」

「僕の方こそごめん。よろしくね」


 僕は席に着いた彼女に、こっそりとハンカチを返す。


「(わあ……! 拾ってくれてありがとう。お気に入りだから嬉しい……)」


 皇さんはその美麗な顔に花のような笑みを咲かせた。

 柑橘系のシャンプーの香りが鼻に心地良い。


「ちょ、ちょっと……あんたたち、どういう関係……?」


 皇さんの笑顔に見惚れていると、口元をわななかせながらきららが聞いてきた。

 皇さんは僕の方を一瞥し、きららを見て困ったように微笑む。


「ひみつの関係、かな?」

「なっ……!?」


 皇さんの発言にきららがフリーズした。


「なんだよ持手無。知り合いかよ」


 頃合いとばかりに仲吉が声をかけてくる。


「朝ちょっとぶつかっただけさ」

「それはもうラブコメ主人公なんよ」


 僕と仲吉が話す様子を見て、皇さんが仲吉にも笑顔を向ける。


「え、えっと、よろしくね?」

「……! よ、よろしく」


 皇さんに笑顔を向けられた仲吉は、照れくさそうに窓の方を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る