第一話 ① 校則第23条4項 委員被告人が自ら資格を有する学園弁護士を依頼できない場合は、学校がこれを附する。
「まあまあ、ゆっくりでいいからさ」
そう話すのはオレの前を歩く「学園弁護士」である、西島明日香。そう、
「校則第23条の規定に基づき、被告人には学校選抜弁護人を附する。ついては、後の指示に従うこと。」
オレ、黄瀬拓也は委員会起訴された。委員会起訴。校則や学校規則違反が発見された場合、検察委員会の取り調べによって起訴される。刑事事件のような感じだ。委員会起訴は生徒間の揉め事の仲裁が目的である生徒間裁判とは異なり、有罪となれば罰則がつく。軽い刑罰なら反省文、罰金で済むが、特別指導クラスへの移動を余儀なくされたり、最悪の場合は退学となる。委員会裁判は検察委員会が学校の予算を使い全力を上げて取り調べを行うため、被告人はかなり不利である。そのため、学校側が費用を負担して被告に対しても弁護士をつけてくれる。これが学校選抜弁護人だ。学園弁護士、兄のことが思い出されて陰鬱な気持ちになる。
「何が起こったのかを教えてほしいな。あまり教えたくないのもわかるけどね」
こちら側は被疑者。立場がこちらの方が低いことで相手を不快にさせないよう配慮している。なんとできた人なのだろう。西島明日花、目の前に座っている彼女は綺麗な女性だ。少し青みがかかった綺麗で短く切られた髪に、幼さを感じさせる大きな碧眼。しかし、全体で見ると知的さを感じる。弁護士と被告という立場だけでなく、そういう面からも、自分とは程遠い世界に住んでいる人間なのだと感じさせられる。
「さて、ここが私の事務所だよ。」
別棟の3階、そこに彼女の事務所はあった。この別棟には、委員会事務所やサークル、他の弁護士事務所など雑多なテナントが入っている。彼女に促され、中に入る。事務所内には様々な書類が所狭しとあちこちに置かれつつも、なぜか綺麗だ、と感じた。さらに、どこからともなくアロマの香りが漂い、少し緊張してしまう。どうぞ、と言われソファに腰掛ける。
「さてと、裁判所側から基本的な資料はもらっているんだけど」と手に持っているファイルを覗き、話し始める。
「黄瀬くんは何が趣味かな?」
思いがけない質問に感嘆符が顔に出てしまう。そして、すぐにその質問の意図を理解してしまう。彼女から見て自分は明らかに協力をしようとしない被疑者。だけれども、救おうと思う。そのためには協力が必要だ。少しでも心を開いてくれたら、という、そういう魂胆だろう。かぜだろう。そういう彼女に底のない苛立ちを覚えてしまう。だから
「特にないです」
そういうふうに相手を拒絶する言葉を嫌味のように言ってしまう。だけれども
「そっか」
意に介さないように、彼女は明るく返答する。そんな彼女の対応にますます自分のことが嫌いになってしまう。
「この学校ではどれくらい遊べた?」
「学校選抜弁護人に依頼するくらいですからほとんどお金はないですよ」
「そっか」
そんな会話を少し続けて、
「お兄さんもこの学校出身なん……だ」
自分の顔が無意識のうちに引き攣るのが感じられた。彼女も地雷を踏んでしまったことをすぐに感じたようで、今まであった笑顔が消えていた。
「兄も学園弁護士だったんです。文通でやりとりをしていたんです。いつも、正しい人のために……って、だけれども学校を辞めてしまって、オレは学園弁護士という人種が一番嫌いなんです」
やってしまった、と思った。自分を真っ向から否定されて気持ちいい人なんていないだろう。
少しの間の沈黙が流れる。長い沈黙の後に彼女が口を開く。
「黄瀬くんもお兄さんも同じなんじゃないかな。正しい人が報われていないのが嫌なんじゃない?」
「どういうことですか」
うーん、と彼女は首を傾げる。
「私も正しい人が報われないのは嫌いだからね。だけれども、正しいことで裁判が取り消しされるわけではないからね。」
こういう事件では、和解が一番いい解決法なんだ。謝って、それで許してもらおう。
そう言われ、オレは彼女に連れられ事務所を出る。
学園裁判 @OrangeChicken
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