乙女ゲームのヒロインに転生して王子様と将棋で戦ったら求婚されました 〜あなたも転生者でしょ!〜【全3話・完結】

春風悠里

第1話 勝負

 ――人生、何があるか分からないわね。


 人々の歓声を浴びながら、闘技場の反対側に現れるだろう王子様を待つ。


 私はなぜか乙女ゲーム『お姫様になりたい!』のヒロイン、レベッカ・ジェラートという落ちぶれた貧しい貴族の令嬢に転生してしまった。


 このゲームの内容は詳しく知らない。友人が雑誌の切り抜きを学校に持ってきて語るのを適当に相槌を打ちつつ聞いていただけだったからだ。キャラの絵には見覚えがあった。私は間違いなく、あのゲームのヒロインだ。


 そして、もう一つだけはっきりと分かることがある。この国の王子アルマート・フレグラも、私と同じく確実に転生者だ。


 なぜ分かるかって?


 こんないかにもなヨーロッパ風の世界で、将棋大会が開かれることになったからだ。貴族の全てにルールや基本的な戦法、囲い方についての分厚い説明書が配られた。乙女ゲーム世界のせいか、言語だけは日本語で漢字も存在している。和洋折衷どころではない。ごった煮だ。


 そうして長い期間をかけてトーナメント戦が行われ、私は予選からどんどんと勝ち抜き、とうとうこの国の王子アルマート様との一騎打ちの場まで上りつめた。


「やるではないか、レベッカ嬢。まさか君が私との対決の場まで辿り着くとは思わなかったぞ」


 この将棋闘技場に颯爽とアルマート様が現れた。人々の歓声が地響きのようだ。この闘う場において、私たちの声が観客席にまで響くように魔法でもって設計されている。さすが乙女ゲーム世界、なんでもありだ。


 元々、この闘技場は貴族同士が自分たち自慢のお抱え騎士を戦わせる場であったはずなんだけど……この暑苦しそうな王子、赤髪に真っ赤な瞳のイケメン男が「これからは頭脳戦の時代だ」とか言って将棋闘技場に変えてしまった。


 私は涼しげにたなびく水色の髪をかきあげ、水色の瞳を細めて不敵に笑ってみせる。


「あら、大して私を知りもしないのに見くびっていたのかしら。先に言っておくわ。私は研修会に所属していた女よ!」

「なにぃ!?」


 やはり王子、転生者だったらしい。将棋を指して研鑽を積む場、研修会。そんなもの、この世界にはない。知っているのは転生者しかいない。


 そして、おそらく実力は私の方が上だ。本戦からはアルマート様も参戦している。いわゆるシードだ。彼は無双するように勝ちまくっていたものの、将棋すら存在しなかったこの世界の住民はド素人だ。トーナメントの棋譜も公開されていて好きに市庁舎で見ることができる。勝っていたとはいえ、彼は趣味で多少嗜んでいた程度の愛好家だろう。そんな棋力だと棋譜からうかがえた。


「も、もしや奨励会を目指して!?」

「い、いえ、そこまでは……でも女流棋士になれたらとは……」


 ちょっと覇気がなくなってしまったわね。


 奨励会に入って女性初のプロ棋士になりたいと思ったこともあった。でも……どうやっても敵わない天才を何人も目の当たりにして、そこまでは無理かなと諦めた。中学生になっても、才能のある小学生に負かされる。その天才性を見せつけられる。それでも彼らのほとんどは……プロ棋士になれない。そんな世界。


 駄目よ、悲しい過去を思い出しては。気持ちで負けては勝てる相手にも勝てない。


「そう。女流棋士を目指していたのよ、私は。さぁ、そんな私に勝てるかしら?」


 この場では相手を挑発することも許されている。王子も例外ではない。


 なぜそんなルールにしたのかは分からないけれど……おそらくエンターテイメント性を高めて、将棋というものを手っ取り早く普及させるためだろう。転生して自分の趣味が存在しないことを知って考えた結果、こうなったに違いない。


 そう感じたから、私はここに来た。あなたは孤独ではないと。将棋を知る人がもう一人ここにいるぞと教えてあげるために。


 ま、私も対戦相手が欲しかったのが一番の理由だけど。


「そ、それは……お、お手並み拝見といこうか」


 ふふん、ぶるってやがるわ!

 やはり素人に毛が生えたような実力なのね、きっと。


 でも……油断は禁物。

 私は何度も小学生に負けてきた。わずかな油断が命取りだということも知っている。


 だから油断はしないでおくけれど、通常将棋の指導対局など明らかに実力差がある時は上手がハンデを与える。いずれかの駒をなしにするのだ。奨励会でも人数の関係で実力差がある場合は香車という駒はなしで上位者は戦う決まりになっていた。


 この世界では駒落ちのルールまでは設定されていなかったし、そこまでは無理だけど――。


「ハンデをあげるわ」

「ハンデ!?」

「アルマート様に先手を差し上げます」


 先手は最初に駒を動かすことができる。指したい局面へ誘導しやすいので、先手の方が勝ちやすいとよく言われる。


「そ、それは……いや……」


 変な間があるわね。


「うむ、よくぞ見抜いた。確かに先手の方が有利だ。ああ、そうだ。やりたい戦法を試せるからな! かなり有利である先手、そなたに譲ってやろう。私は王子だからな、当然のことだ」


 え。有利ってほどじゃないわよね、先手。勝ちやすいかもねくらいだけど……あ! こいつ、負ける言い訳を用意しやがったわね。この声は観客全員が聞いている。後手だったから負けたのも仕方ないと思ってもらうためね。


 情けない。


 でも、王子としてはそれが正解だ。皆を牽引しなくてはならない立場なのだから、単に負けては威厳が損なわれる。


「では、先手をいただくわ」

「ああ」


 互いにやぐらのような高みへと上る。

 眼下に見えるは、ドデカい将棋の駒。符号を言うだけで、勝手に魔法で駒が動く。


「それでは定刻になりましたので、レベッカ・ジェラート様の先手で始めてください」


 ――お願いします。


 互いに挨拶はしっかりと。


 そうして手は進んでいく。持ち時間は十五分。これもエンターテイメント性を重視したのだろう。


「さぁ、行くわよ。ハメ手、鬼殺しを受けてみなさい!」

「なにぃ! 卑怯だぞ!」


 ただの悪戯心だ。


 ちなみに、一手一分以内に指せば持ち時間は減らない。それだけでなく、もう一つこの世界独特のルールがある。


『話している間は、持ち時間が減らない』


 しゃべってさえいれば、それだけ考えることができるのだ。闘技色を前面に出している。それもこの王子が考えたのだろう。連続六十秒以上話してはいけないなどの細かいルールもある。


「さぁ、正確に受け切ることができるかしら」

「ふ、ふん。私に恐れをなしたか。そんな卑怯な技を繰り出すとはな」

「アルマート様を試しているんです。国を背負う王子様、あなたは卑怯な手に引っかからずに正確に受け続けることができますかと」

「くっ……!」


 答えにくい質問を選び、相手の時間を削っていく。


「熟慮する時間さえあれば、間違えない!」

「そんなことで国は大丈夫かしら? いつだって誰かがどれだけでも待ってくださるとでも?」

「人は間違える生き物だ。だが、私の周りには頼りになる者がいてくれる。間違える前に正すことができる」

「つまり、誰もアドバイスをくれない今だけは間違える自信がおありということね」

「ふふん。危険察知の能力は秀でているんだ。お前こそ、私がなかなかはまらないからイライラしているな」


 そうなのよね……なぜか全然ハマってくれない。鬼殺し対策、しっかりと覚えていたのね。かなり大変なのに。

 

「全部……受け止められてしまったわね」

「ああ。君の全てを受け止めよう」


 え、なにそのくっさい口説き文句。なまじイケメンのせいで、ときめいちゃったじゃない。


「仕方ないわね、路線変更するわ」

「な!? 鬼殺しって、全部回避できれば後手が有利になるはずだろう!」

「残念。これは新・鬼殺しよ」

「新ってなんだー!」

「勉強不足ね」


 オーッホッホッと高笑いをしてみせる。

 

 よし、ここからは力勝負。油断しなければ負けないはず。


「き……君は素晴らしいな。さぞ努力したんだろう」

「それほどでもないわ」


 突然褒められた。なんなの?

 

 確かに努力はしてきた。お風呂の中でも小さなマイノートをジップロックに入れて将棋の勉強をしていた。学校の帰り道でも、友人とバイバイしてからは勉強しながら歩いて電柱に激突したこともある。


「そんな君は輝いているよ」

「や、やめて。安っぽい口説き文句なんて」


 こいつ、転生者のくせに歯の浮いた台詞を吐けるなんて、おかしいんじゃないの!? そんな奴実際いたらドン引きよ?


 いえ、自分のイケメン具合を知ったうえで私の反応を見て、動揺させる方針に切り替えたのね。くっ……、やるわね!


「今から宣言しよう! 私はこの対局が終わったら君に結婚を申し込む」


 えー!

 ま、待って。断れるわけないじゃない。うちは貧乏貴族なのよ。家族のためにも断るなんて選択はないし。それに、結婚したら多少はまともな棋力の人と一緒にいられるわけで、えーと、そうね、志はきっと一緒よね。普及活動はきっと私の思うがままにできるはずで、えっとえっと――、


「残り一分です」


 えー!

 嘘でしょー!


 記録係の子が残り時間を読み上げる。


 えっと、あーなってこーなって!

 あー! 詰み損なったー!!!


「頓死ね……負けました」

「ああ、楽しかったよ」


 心理戦で完全に負けたわ。


「あらためて申し込もう。レベッカ嬢、私と結婚してほしい」


 おとなしく「はい」と頬染めて頷く私だと思うの? あなたを鬼殺しでハメようとした女が。


「アルマート様、将棋に必要なのはなんだと思います?」

「え。そうだな……決して倒れない不屈の心か」

「いいえ。将棋に必要なのは世界平和よ!」

「世界……平和……?」


 そんな間抜けな顔をしないでよ。


「平和でなければ将棋をする余裕なんてなくなるわ」

「そ、そうだな……」

「まだあるわ」

「な、なんだ」

「宇宙への進出よ」

「宇宙ー!?」

「人工衛星がなければインターネットを開発できないしネット対戦すらできないじゃない。AI開発のためにも、まずは義務教育も充実させないといけないわ」


 感動した様子のアルマート様に手で促され、やぐらのようなところから降り、手を繋ぐ。私たちは将棋によって深いところで結ばれたようだ。


「皆、聞いてくれ! 私たちは結婚する。そしてこれより将棋のため、この国だけでなく世界中の平和を目指すことにした! 最高の国、いや世界を築きあげてみせるぞ!」


 将棋! 将棋! 将棋!

 鳴り止まない将棋コール。


 私たちは大きな将棋盤を背に、将来を誓い合った。


 ――将棋は世界を救う。


 その一歩は、ここから始まった。


 

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