第3話

×月×××日


 静かな病室の中、彼の苦しそうな咳が響く。そんな彼の手を握りしめ、見守ることしかできないのだ。その苦しみを代わってやることもできない、なんて僕は無力な人間なんだろうか。握った彼の手は肌の色に反して熱く体内の体温が高いのがわかる。

 閉じた瞼が微かに開き、僕を見上げるのがわかった。


「…君とこんな時間が過ごせるのが、どんなに幸せなことだったか」


 僕の言葉に彼は静かに笑った。


「僕もだ」


「ああ、君が僕の友達になってくれたらいいのに」

「それは無理だよ」


 掠れた弱々しい声で残念そうに君は言った。そんな些細なやり取りの最中も君は苦しそうに肩で息をする。熱がどんどん上がってきているのだろうかとても苦しそうだ。

 本当は息をするのも苦しいんではないだろうか。


 静かな空間の中、時計の秒針と彼の苦しそうな息だけが響く。

 彼は震える手で僕の手を握り掠れた声で囁く。



「僕は君が大好きだよ」



 僕の手を握り返す君の力が弱くなっていくのがわかる。僕を漆黒の瞳に写し穏やかに微笑みながら僕の手を弱々しく握りしめ、そのままゆっくりと目を閉じた。その手を払うこともできず僕はただ彼の真っ白な肌を見つめるだけしかできなかった。


「君なんて」



「君なんて、大嫌いだ」



 最後に見た彼の微笑みが忘れられなくて、彼を好きになったことを後悔したくなくて。

 だけれど人間というのは残酷な生き物で、そのうち彼の体温も声も容姿すら少しずつ少しずつ忘れてしまうのだろう。


 嗚呼、さよならだ。


 僕が天気輪を登るまでどうかそこで待っていてくれないだろうか。

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天気輪の柱 adotra @adotra

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