第22話 親の心情

 クリスマスの日、海道彰の父親で邦日銀行の取締役を務める海道知久が神妙な顔をして事務所のドアを開けた。

「すみません」

以前会った時は、大上段に構えた喋り方をしていたはずだが、何かあったなと一心は直感した。

「どうぞ掛けてください。海道さん何かあったんですね?」

「はい、情けないことにひとを殺してしまいました」

項垂れる海道に驚いた。

「えっ、何時? 何処で? 誰を? 何故? どうやって?」

矢継ぎ早に訊いてしまってから「ゆっくりでいいですから、あなたのペースで話してください」

そう言ってから、家族を集めて録画を指示する。

海道は手帳を開いてメモを見ながら話し出した。

「はい、先ず九月十三日銀行に新宮と言う男から電話が来ました。まったく知らない名前だったし声でした。後から気付いたんですが、その電話の相手はわたしじゃ無くて息子の彰に掛けようとしたんだと思います」

「でも、会社も違うし、既に息子さん亡くなってますよね」

「えぇそれを知らずに、間違って銀行に掛けてきたんだと思います」

「なるほど、それで?」

「一万ドルはどうした? 早くくれと言われました」

「何のお金でしょう?」

「その時は分かりませんでした。でも、息子の事件に関りが有るのかと思って、一週間待ってくれと言いました」

「でも、その間に息子さんの死亡がばれたんじゃ?」

「その通りです。約束の前の日電話があって、あんた誰だ? 海道は死んでるんじゃないか? と言われたので、正直に父親の海道知久だと名乗って息子がした借金は親として支払うと言いました。が、電話が切れてしまって、こちらからかけても出てくれませんでした」

「相手もあなたを信用できなかったという訳ですね。警察に通報されたかと思ったかもしれないな」

「わたしもそう思いました。で待ち続けたんですが忘れかけたころに電話があって、金は用意できてるのかと聞かれたので、あると答えたんです」

海道は汗を拭って静の淹れたお茶を一息で飲み干して話を続ける。

「そうしたら、明日持って来いと言うのでカレンダーを見て十月十三日だねと確認して、その日はすぐ退行してタクシーでその住所へ行ってみました。一戸建ての家で半地下の車庫がありました。帰り道は監視カメラを意識しながら裏道を歩きメモをしました」

そう言って海道が開いた手帳をテーブルに置く。

一心が見ると、曲がった場所が細かく記されていた。

「それは、新宮を殺害するときに監視カメラに写らないようにするためだったんですね」

海道は小さく頷いて「恐らく、一度払えば二度三度と繰返されると思って殺すしかないだろうと決心してました」

「彼の素性を知ってたんですか?」

「いえ、その時は知りようもありませんでした。後に鍵屋だったと聞きました」

「脅迫された理由は?」

「新宮を殺害してからニュースで彰が女性を殺そうとしてトリックに使うために鍵を作らせたと聞きました」

「で、その後は?」

「はい、息子の部屋にあった丈夫そうなナイフを持ち出して、カメラの目を避けて行きました。そしてお金は百万円しか持って行かなかったんです。一万ドルを日本円で幾らなのか話してなかったし、殺しても何か密室トリックでも考えないとすぐに捕まると思ったから、金を二回に分けて渡そうと考えたんです」

「それで、半地下車庫から入って、床下収納から室内に入るルートがあることに気付いたんですね?」

「えっ、気付かれてたんですか? 流石ですね」

「うちの息子がね。警察は密室の謎は解けませんでした」

「そうですか、翌日は五十万円持って言ったんですが、もう言う事はありませんね」

「質問ですが、新宮に鍵をどうやって作らせることが出来たのか聞いてますか?」

「詳しくは知りません。ただ、脅されたようなことを言ってました」

「ふーむ、脅されたか」

海道は殺害に使った手袋や着衣長靴などを大きな袋に入れて持って来ていた。

「これが証拠です。それで探偵さんに警察へ同行して欲しいんですが?」

「それは良いけど、どうしてここへ?」

「頭取もこちらを信用してるようだし、警察の事情聴取の時にもこちらの名前が出てたので、……それに真っすぐ行くだけの勇気も無かったんで、ここで話しちゃえばもう逃げられないと思って」

「あなたも、ひとつ間違えば新宮に殺されてたかもしれないんですよ。今更だけど、殺人なんて間違っても考えちゃいかんですよ」

「えぇ頭では理解してたんですが、……」

「彰さんも殺害しようとして逆に殺されたんですよ。聞いてました?」

「えぇ警察から、だから相手を恨むなとも言われました」

「そうですか、じゃ浅草署に連絡しときますから、ちょっと待っててください」

一心は丘頭警部に海道彰の父親が自首してきたと伝え、これから連れて行くと言った。

「あぁそれとあなたが使用したナイフの価値を知ってました?」

「はっ、何処にでもあるようなナイフだと思ってましたが……」

「ははは、やはりね。あれはドイツ製の高級なナイフで専門店で注文しないと買えないんですよ。警察はその注文書の控えを入手していて購入者を息子さんだと確認して、それを使用できるのは身近な人間しかいないと見当をつけ、あなたの周辺を捜査していたはずなんですよ」

「なんだ、そうしたら黙っていてもじき逮捕されたって事ですね。なんだ。ははは、バカみたいだ。ははは……」

 

 一心が海道と自供を録画した媒体を警察へ届けて家に戻ると、美紗が鼻高々に事務所で帰りを待っていた。

「なんだ? そんな偉そうにして」

「ふん、杉田彩花が殺害されたホテルにもうひとり泊ってた男が女でいた」

「はっ、なんじゃ? 男が女でいたって?」一心にはちんぷんかんぷんな美紗の言いようにムカッと来る。

「女装してたってことくらい気付けよ。ばぁか」

「こら美紗、てて親にバカとは、もう、あきまへんえ」静が何処からともなく姿を現して美紗を窘める。

「うぃーす」

「で、誰よ?」

「人事の……」美紗がそこまで言いかけたので、「人事部の……」と一心が美紗の言葉を遮って言う。

「人事部の新森和人だな」

一心が言うと、美紗がぱらぱらと写真を数枚テーブルに置いた。

「やはりな、丘頭警部に知らせたか?」

「あぁ親父行ってたから、電話したけど出ねぇから、直接警部に話しといた。あとで親父に証拠の写真持たせるからって……な」

「はいよ、じゃ、行ってくるでやんす」

一心は腰を上げ再び浅草署へ向かった。

 

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