どんなにいい女からのお誘いでも少しは疑いましょう


 それはそれは熱い日差し。

 今は確か――忘れちゃった。人間界では冬だった気が……、いや夏だったような……。


 ミウちゃんからのお誘いで魔界に行くことに決めたが今は少し後悔している。何故ならあんな簡単で気軽なお誘いだったにも関わらず、魔界に行くまでの手続きやら魔界初心者向けの講義やら食料調達のためのお金稼ぎやらでここ三日間は寝る暇もなく体と脳を動かし続けた。


 そして今は魔界に行くための最終チェックということで搭乗ゲートの前にいるのだが……。


 ドン! と擬音が見えそうな赤くて厚い大きな門。話を聞けばこの門を己の力でぶち壊して進まないといけないのだが――。



「天使が詐欺をしてもいいのか――」

「ん? 何の話?」

「……」

「そんなマジマジと見ないでよぉ~、照れる~」

「照れるような目線してねぇよ! これは一体どういうことだって聞いたんだよ!」

「む! だったらそう言ってよ!」

「三日前からずっと言ってんだろ! こんなにやることがあるなんて聞いてねぇよ!」

「む~、その話はウチが昨日したでしょ?! それに最初から新垣くんが――」



 痴話喧嘩のような事を大勢の天使達の前で繰り広げる。スタッフさん達も子どもの喧嘩を見るようにクスクスと笑っており、今すぐにでも止めたいのだが、ここで引いてしまっては悔しいのでガツンガツンと喰らいつく。

 こいつも一切引くことなく自分が悪いとまったく思っていないようだ。



「三日徹夜してんだからこの門ぶっ飛ばせるほど力残ってねぇよ!」

「そこは気合! 気合だよ!」



 つくづく腹が立つ女だ。初見ではお股が緩そうで芳しい香りがする優しいお姉さんと思っていたがこの三日間で嫌というほどクソさを知ってしまった。話せば話すほどクソガキ感が滲み出る。

 しかもこいつは既に上から立ち振舞いを注意されており、特に言葉遣いの点で一度謹慎処分を受けたらしい。そのせいでタメ口や敬語が混ざってしまったり、「私」とか「ウチ」とか「あーし」とか一人称もバラバラだ。



「けどまぁ……、ここまで来たらやるしかねぇもんな」

「そうそう! 頑張りましょう!」

「……、ちなみにお前はいけるんだな?」

「それは勿論だよ! 何なら一人でも出来るよ!」



 この赤い門は魔界に乗り込むチーム全員で壊さなければいけない。一人一人が仮に弱くてもチーム全体の強さが門を壊せるくらいあれば魔界に行く許可が出る。


 まじでガバい。



「じゃあお前一人でやってくれねぇか?」

「それが出来るならそうしたいとこだけど……」

「流石にここまで天使達に注目されちゃあな……」

「うんうん、新垣様も召使いちゃんもアナタに注目しまくってるよ?」



 俺のデビュー戦ということで天界中の暇人がそろいも揃ってノコノコと見物しに来てやがる。勿論城の住人もだ。

 初めてってそんなに大事な要素なのか? 



「う~ん……、あ、そしたらこういうのはどうだ?」

「え? なになに――?」



 ここまで視線が集まっては小細工のしようもない。しかしここでこの女に頼り切りの姿を見せてしまうのは俺のプライドが許さない。

 

 他者から期待されて落とされるのはつらいからな。



「俺の唯一の適正魔法……と言ってもを使う」

「えぇ~、ここで出すのはヤバくない?」

「でも門を突破しねぇと始まらねぇよ」



 体内――心臓の中にある魔法因子を脳に送って、空気で膨らませて形を作るようなイメージ……。



「すぅ~~~~」



 ――テンペスト!――



「え?! まさかのそっち?!」



 数秒、時が止まる。



「ミウ! 今だ!」

「よっ、よっしゃ! じゃあぶっ飛ばすよぉ~!」



 ミウは門に向かって猪突猛進で突っ込む。すると門には百人ほどが通れるような大きな穴が空いた。



「物理……」



 龍拳。あんな華奢な拳に天地をひっくり返す程のパワーがあるのか。



「さ! 魔界へ行こう!」



 ミウは穴から手だけを出してこちらを誘う。


 彼女のお誘いで一度苦労したので少々ウザく見えたのだが、その反面、魔界へ行くことにワクワクしていた。


 

 

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天界でフリーターを始めてみましたが意外にも悪魔界の方が良さそうに見えるのだが?! キクジロー @sainenn

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