魔界デビュー?!


 猫ちゃん。子猫ちゃん。

 猫はなんと素晴らしい生き物だろうか?

 ニャオニャオ鳴くだけで心を掻き立てるのは人間界でも天界でもまったく同じ、毛も細やかで撫で心地抜群。しかし唯一違った点とすれば小さな柔らかな羽がついていることだ。

 

 ここは街。THE街。

 城から少し離れた繁華街で、野菜や魚が一昔の人間界のように叩き売りされている。しかしどれを見てもあまり美味しくなさそうで、気持ち悪い方の緑色の魚や茶色く腐ったような肉達がよりどりみどりに店主の大声と共に売られている。



「俺も欲しいなぁ〜」

「ニャアァ〜オォ〜」



 伸びやかなビブラート。天使猫は声も一流か。


 一流といっても別に天使は凄い生物だとかそういうことではない。むしろ可哀想な生き物のように感じる。天使の使命とか戦争とか命に関わる事柄が生まれつきつきまとってくるのを見ると自分は人間として生まれてよかったとつくづく思う。その俺も今は天使なのか。


 

「はぁ〜、くたびれる」

「ニャオ?」

「猫ちゃんはええなぁ〜」



 急に関西弁を喋りたくなるのは人間としての性がまだ抜けきれていない証拠か。

 


「猫と会話する魔法でも身につけたのかなぁ?」

「え、いやえっとぉ……」



 俺が気持ちよく猫を撫でていると背後から懐かしくも性欲を搾り取る声が聞こえる。

 


「別にそんな魔法は無いです」

「知ってるよ? 意地悪で聞いただけだけぇ」



 エッど!!!!

 


「聞いただけなんて止めてくださいよ」

「辞めなぁ〜い、だって可愛いもん」

「この猫ちゃんに勝てるぐらいですか?」

「それは無いかも。だって可愛いの方向性が違うもん」



 胸元をガバっと開けた白を基調とした服。初めて会った時と変わらない。


 おっぱいが柔らかそう。それしか感想が出てこないが、逆にこれ以上にエロい女への褒め言葉もないだろう。



「それはそうとお久しぶりですね」

「うん! 久しぶり! ていうか敬語やめてよぉ〜、尊敬されるような天使じゃないし〜」

「尊敬はしてないですけどほとんど初対面なので……」

「初対面が敬語なんて縛られた人生可哀想!」

「人間の常識を哀れむんじゃねぇ!」

「お! 出たじゃんタメ口!」



 ミウちゃんはそそっと近寄り上目遣いでこちらを見る。うわっとおっぱい。


 天使は策士しかいないのか?

 メイドちゃんもミウちゃんもみんなあざとい上に言葉を上手く使ってきやがる。



「人間臭さが残るのは後遺症かな?」

「後遺症って……、人間であることが悪いみたいな感じだな」

「うん! 悪いよ! だって飛べないもん!」

「飛行機って知らないんですか?」

「知ってるよ、でもそれは機械じゃん? 人間じゃないもん」

「頭悪いんですか?」

「……」

「ん? ミウちゃん?」

「……あぁ! ごめんごめん! 頭が悪いなんて言われたのは初めてだからビックリしちゃった!」



 ほとんど初対面の天使に馬鹿なんて言い過ぎたか。流石のミウちゃんでも俺のデリカシーの無さっぷりに引いたのか。だから童貞なのか。



「ビックリしすぎですよ」

「驚いてなんかないよ! うん! 全然!」

「めちゃくちゃ気をつかってますね」

「うるさいなぁ〜、そんなんじゃいつまで経っても――」

「……ん?」



 急に口が止まるミウちゃんはピンと立てた両手の指を静かに下ろす。そして目線を逸らすことなく、何かやばいものを見たような目で俺の後ろ方向を見る。

 俺もふと振り返り、視線の先を見ると灰色の甲冑服を着た兵隊らしき天使達が四、五人ぞろぞろと周りの天使を押しのけて――というか彼らの威圧感で勝手に開いた道を堂々と歩く。



「おい、百五十三番! 何をしている!」



 百五十三番? ここらへんの店は番号形式なのか?   

 こう見るとファストフード形式を導入した日本というのは素晴らしい目をしている。天界でも大人気だ。



「う〜ん、これはまずいなぁ……」

「アレがなんかまずいのか?」

「しっ! アレなんて言わないの!」



 俺の口元を焦りながら塞ぐミウちゃん。

 やっぱり繁華街の客じゃねぇのか。薄々わかっていたがミウちゃんに関わる人なのだろう。


 となると、百五十三番っていうのは恐らく――。



「聞こえているのか! 百五十三番!」

「はいはい聞こえてますよ〜!」

「まったく何をしている! 任務はどうした! お前の前線復帰を誰しもが祈っているのにそんな所で油を売っていては戦士の名折れだぞ!」

「……別に戦士になりたくて天使になった訳じゃないし」



 ミウちゃんがそうボヤいている間に兵隊達は俺とミウちゃんを囲い込む。どいつもこいつも甲冑で表情は分からないが、立ち姿で威厳さが伝わる。怒っているとかではなく、仕事に厳しいからきつい性格に見えるというか……、フレンドリーではなさそうだ。



「天使になった訳じゃないぃ〜?! お前どんな気持ちで新垣様が……」



 甲冑さんは俺を見ると時が止まった。

 周りの兵隊も、さっきまで俺を素通りしていた一般天使達も何かに気づいたようにこちらを見る。



「新垣様?! 何故ここに?!」



 ……ん、あぁそうか。

 俺は新垣様とそっくりな新垣くんだったか。

 それならば――。

 


「……そうだ、僕の目の前で随分とみすぼらしい物をみせてくれたな」

「はっはぁ〜、申し訳ございません!」



 使えるものは全部使う。それが俺の流儀。



「申し訳ございませんで済むなら警察――、戦士はいらない」

「……え? 戦士?」

「僕の言う事が分からないとでも言うのか! それとも打首拷問に晒されたいのか?!」

「は、はい! 申し訳ございません!」



 甲冑達は羽を使ってアタフタと逃げる。周囲の一般天使達もしばらくはぼーっとこちらを見ていたが、俺が睨みをきかせると何も見なかったように視線を逸らしてその場を立ち去り、いつも通りの商売を始めた。


 はぁ〜気持ちいい! 周囲を蹂躙するこの快感!

 たまんねぇ!!!!!

 もっとやろう!



「おい! ジロジロとこっちを見てんじゃねぇぞ!」

「ヒィ! 失礼しました!」



 ワラワラワラワラとゴキブリみたいな奴らだな。

 強い奴には逆らえず下を向いて気をつかう。社会の縮図だ。



「……新垣くん?」

「……はっ!」

「新垣くんって裏の顔はけっこう強気というか……、亭主関白なんだね!」

「……失礼しました」



 しまったぁ〜、振る舞い方を間違えちまった!

 ここはクールに謙虚にするのが最善策なのに!

 


「いやぁ〜、俺もこんなつもりは無かったんだけど思わず口が滑ってしまって〜……」



 ミウちゃんは頑張って笑顔を保っている。さすがに天真爛漫かつ大人のお姉さん(痴女)の人でも俺みたいな奴には頑張るのか。

 


「ま、まぁ……、天使は天使それぞれだからね……、うん! それもいいと思う!」

「これ以上俺を取り繕おうとしないでください。心が痛いです」

「……そんなことよりも! 確かに君のその顔は便利だね!」

「だからこれ以上俺を――」

「いやいやこれは本当! だからさ、私のお願い聞いてくれないかな?」

「だからの使い方を間違えてる気がするが……、お願いってなんだ?」

「偉い人と顔が似ているってことは! つまり! 顔を使えるということ! それを使って私を……、私を魔界に連れてってください!」



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