アルバイトって天界にもあるんだな


 先日の適性検査で落ちてしまった天使見習いの俺。

 落ちた。堕ちた天使。堕天使。

 厨二病は一生の付き合いだな。



「じゃあどうしようか?」

「どうしようと言われてもどうしようもないです」

「オウム返しかよ……って、さっきまでの上から目線はどこにいったんだ?」

「それは私ではありません」

「お前以外に誰がいるんだよ」

「誰もいなかったと思います」

「幽霊じゃねぇんだから……」

「はい。天使です」

「やっぱりお前だろ」



 まったく白々しい。

 一時間前まではメイドというより女王様だったくせに今更取り繕っても意味ねぇだろ。SM風俗ではこういう嬢ばかりなのだろうか?


 鞭の代わりにナイフを持ち、口からも刃を吐いていたが今は新品フワフワのフローラルな芳醇な香りを立てるメイド服に着替えているので何かに目覚めてしまいそうだ。ミウちゃんといいメイドちゃんといい天界は性癖のオンパレードなのか? もしかするとあのオネェ天使も新垣様も刺さる奴には刺さるのかもしれない。



「そんなことよりも……、落ちましたね」

「改めて言うんじゃねぇよ」



 風が吹き抜ける自室。

 この部屋は城の角部屋だが窓と扉を同時に開けていれば強くもなく弱くもない柔らかい風が通るので、今みたいな昼下がりにはうってつけだ。俺はここにきて毎日この時間だけは開けているのでルーティーンになっている。


 心地よい。


 

「こんなに風がウザくなると思わなかったぜ」

「であれば閉めますか?」

「いや、それはそれで空気が悪い」



 ホントこいつは……。



「……で、落ちた俺はどうなるんだ?」

「正直に申し上げますと記憶消去からの人間界へ転送。もしくは殺処分。それが厳しければ自爆ロケットにするか生贄にするか――」

「もういい。死ぬか忘れるかってことだな?」



 やっぱりそうか。

 多少は予想していたが本当にそうだとは思わなかった。思いたくなかった。


 天界、天使、魔界、神。これらを知ってしまったというか認識してしまった人間をそうやすやすと帰すとは思えない。もっと考えて天界に来るべきだった。



「記憶消去しか選択肢がねぇだろ……」

「他にも選択肢があるとしたらどうなさいますか?」

「それは死ぬってことだろ?」

「違います」

「じゃあなんだよ?」

「ふふっ、現在天使の血を引き継いでいる新垣君ならそもそも検査なんて関係ないですから」

「……んぉ?」



 メイドちゃんはそう言うと窓を閉めて、椅子に座っている俺の手を取る。



「何だよ……」

「トンレイサ――」

「は? トンレイサってなに?」



 彼女はそっと小さな声で何かを話す。

 

 

「消音の魔法をかけました。これならよほどの事がない限り話し声はどこにも聞こえません」



 人差し指をピンと張って俺の口元に当てるメイドちゃん。魔法をかけたんじゃねぇのかよ。



「本来適性検査は天使になる前の人間が行うことなのですが、特別に新垣君だけは順番を変えて先に天使になってもらいました」

「それが何か問題があるのか?」

「察しが悪いですね。やっぱりこの話はやめておきましょうか」

「癪に触れる事を言うな」

「ふふっ、冗談です。順番が逆ということは適性検査の結果なんてどうでもいいということです。だってもう天使になってるんだもの。これで何となくわかりました?」

「適性検査は何の意味もなかったってことか?」

「半分正解です。もう五十歩足りませんね」

「結構遠い!」

「いちいち反応がピュアで可愛いですね、天使の鑑です。……もう半分というのは、戦士としては不合格者ですがもう天使になったという既成事実があるのでもう人間には戻れません」

「そうなのか、全く記憶にないがやっぱり天使になったんだな……」

「なので大人しく天使として生活しましょう」

「え?」

「適性検査はあくまでも戦士になれるかどうかの検査だけですから。人間だろうと天使だろうと元人間だろうとみんな受ける検査です。検査に落ちたらただ普通に天界で仕事をしながら暮らすだけですよ?」



 可愛くも腹が立つしたり顔をしやがる。


 はめられた気がするのは気のせいだろうか?

 実は元々俺を戦士にする気はなくて、ただ天界で暮らすようにこいつが仕向けたのではないか?

 俺は心の中でメイドちゃんを疑いつつも、天界で仕事をするしか道がないので納得することにした。



「しかし仕事をこなすといえど、予備戦士としてさ日々訓練をするのでガッツリ仕事という訳にはいかないので簡単な仕事、つまり、アルバイトをしましょう」



 こうして俺の天界フリーター生活が始まった。

 

 

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