ラッキースケベも時と場所を選んだほうがいいと思う


 それでは天使適正検査を始めます。


 その一言は俺に動悸を与える。


「あのぉ〜、どうしても受けないと駄目ですか?」

「駄目です」

「駄目なのはお前が駄目だと思っているだけで本当に駄目なのかは一般論を考慮してからでも――」

「屁理屈は求めていません。天使として生きるにはこれは避けて通れない道です」

「天使になるとは言ったが体ごと天使になるとは言ってない気がするのですが」

「人間のまま天使になるなんて通らない道理です」

「二刀流という道は……」

「人間でも半端なのにどうして天使も出来ると勘違いしているのですか?」



 ほんの少し前までは俺をお客様だのなんだこオモテナシの精神で接してくれていたのに、今となっては師弟関係。人間関係も楽じゃないな。おっと、人間と天使の関係だったか。


 まだ体も回復しきっていないし天使としての魔力も完全に体内に注ぎ込まれていない。目が覚めて一日も経っていない。しかし俺が意識を失う直前、たしかにメイドちゃんは俺を天使にした。それだけは覚えている。



「人間関係だの屁理屈をこねるひまがあったら精神を研ぎ澄ませて魔力を高めてください。あと数分で始まりますよ」

「ちなみに落ちたらどうなるんだ?」

「それは死です」



 死。



「死ぬってそんな大袈裟な……」

「大袈裟ではありません。天界にはよくある事です」

「天界という名前が聞いて呆れるぜ」

「一体いつから天使や天界や神が自分の感性によりそってくれるママだと思っていたのですか?」

「そういう屁理屈は求めてねぇよ」

「……、半端人間が上位種族に口出しをしないでください。そんな言葉はせめて私程度の下級戦士に勝ってから言ってください」

「自分で下級戦士とか……、戦士という称号にすがるようなヤツにどうこう言われたくねぇな」



 う〜ん。気まずい。

 

 俺もできるだけ関係を悪くしたくないのだがそっちがその気なら俺にはどうしようもない。



「何で急にそんな口が悪いんだ?」

「私はメイド兼登竜門ですので」

「理由になってねぇよ」

「理由なんてどうでもいいです」



 丸い大部屋。大層に言えばコロシアム。

 門から入り扉から一番近い階段を登り最初の部屋でにも関わらず、天界とはまた違った別世界を演出している。しかし観客はいない。

 観客の投票による決着もなければ、全面砂で場外もない。つまりギブアップか死ぬ意外に闘いに決着がつかない。



「もし俺が死ねば将来有望な戦士が死ぬということだぞ? それでも――」

「……」

「言葉は通じないってか」

「……それでは始めます」



 メイドは腰にぶら下げている小さな刃物を手に取り、一振り、二振り、三振り。斬撃を繰り出す。



「あっぶねぇ!」



 俺は運良く全ての斬撃をスレスレでかわした。

 

 いや、それは嘘だ。

 正直三撃目は右腕をかすった。

 

 これがアナタの力ですか? そう言わんばかりに冷めた目で、失望した目でメイドは見る。



「優しくねぇ……」

「あなたに授けた天使の力はそんなものではないはずです。もっと心の目を集中させてまず自分の中の魔法を感じなさい」



 指南はしてくれるんだな。登竜門とあって新人を潰すのではなく、あくまで導くのが役目。言われたこと命じられたことには疑問を持たず心を捨てて役に徹するのはメイドや登竜門としては一流なのだろうが、逆にそれ以外は出来ない。



「手加減してほしいと言いたいところだがそれでは天使になることが出来ないのは俺にも分かる。しかしここで俺を落としてしまえば天使の戦力は補強されない。たとえ俺がどんなに弱くったって肉壁にするなり擁護係とか伝達係とかの前線には出撃するが本格的には戦わない守備の戦士として雇う役目もあるはず。それなのにどうして弱い人材はいらないと言う?」

「……! そうやって自分の弱さを正当化して、主戦力になれないことから目を背ける選択しかしない奴として審査させて頂きます!」



 ちょっと刺激しすぎたか。図星をつかれたせいか知らないが連撃が徐々に速く強くなっている。

 避けながら喋るのが精一杯だ。



「避けてばかりでは合格出来ませんよ!」



 メイドちゃんもとい召使いちゃんはどこから取り出したのか分からない小型のナイフをもう一本手に取り、二刀流で斬撃を出し続ける。


 遅い――。


 さっきは意表を突かれたが目が慣れてしまえばこっちのもの。斬撃どころか次にメイドちゃんが何をするのか予測がつく。

 しかし見えたからといって必ずしも体がそれに反応出来るのかはまた別の話。



「ちょこまかちょこまかと……、何故天使の力、魔法を使わないのですか?!」

「使い所ってもんがあんだよ」

「今使いなさい! そうしなければ勝てない! 勝負にならない! 誰も得をしない!」



 俺は斬撃を全てかわしながら流れるようにメイドちゃんに接近する。そして手のひらをメイドちゃんの目の前に出し心の中でこう唱える。



 ――テンペスト――



 するとメイドちゃんは一歩後ずさって後ろに下がる。しかしそれは思う壺。いや、もっと言えば思う壺すら読まれている。だがそれでいい。今はいくらでも読んでもらって構わない。しかしこの瞬間、綻びを見せた反撃の瞬間だけは!



「思考を読まれるんなら、思考しなきゃいいもんなぁ!!!」 

「……?!」



 どこに飛ぶか俺にもわからない。

 下を向き、相手を見ずに何発も何発も人間の貧弱な拳で殴りつける。

 何度かすごく柔らかい爆弾に当たることがあるのだがそれは今は意識をしない! 別の事を考えろ! じゃいと俺がどこを殴り次はどこを殴るのか自分の中で予測できちまう!



「クソッタレがぁぁぁ!!!!! 次は鷲掴んでやるぜえぇぇぇぇ!!!!!」



 最後のラストフィニッシュ。


 今までで最も筋の通った一閃はどこに当たったのか俺でも分からない。だがこれだけは言える。


 すんごくふんわりやったわぁ……。


 恐る恐る顔を上げて拳を突き立てたままメイドちゃんを見ると――。



「試験だと言うのにやりますねぇ」

「……わざとじゃないんです。ごめんなさい」

「殴っておいてわざとじゃないなんてあるわけないでしょおぉ!!!!」



 俺は股間の直下から、何の魔法もかけられていないただの生足で蹴り飛ばされた――。

 

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