3・川の字

 姿勢を崩して四つん這いになる。手と膝をある程度広げ、ついた手は手首は肩の下、膝は脚の付け根に置く。

 息を吸い込みながらじっくり背中を反らせる。正面を向き、バッチリノエさんと目が合ってしまうが気にせず、弓なりにしていく。


「苦しくないん?」

「すっかり慣れて余裕です」

「……タンクトップっていい! ノエミも今度着よ! やっぱ、デコルテは出さないとねー!」


 人の体を見て何を再確認してるんだろう。そして谷間を凝視してくる。紗綾子さんほど良いものじゃありませんよ?

 息を吐きながら背中を丸め、腕の間に頭を入れるようにする。手と膝に力を込め、頭からお尻にかけて橋をかけるように伸ばす。最近暑くなってきて疲れも溜まりやすいから、普段よりも多めに繰り返す。


「これ、なんのポースかわかりますか?」


 ノエさんは鮭とばを運ぶ手を止め、缶チューハイを流し込んだ。


「んー、おねだりする四足歩行動物?」

「そこは犬とか猫でいいでしょう」

「土下座亜種と迷ったんだよねー」

「なんてこと言うんですか。インド人に怒られますよ」

「昔いた政治家がグーで殴って来そうだねー」


 こんな冗談を言い合いながら、今日やる分のホットヨガが終わった。ノエさんが笑わせて来るから、面白かったけどなかなか集中できなかったのが悔やまれる。


「ねえねえ、1回だけノエミが言う通り動いてみて」

「? いいですけど」

「左打席に入るように立って、透明バットを持って、グリップが顎と平行になるぐらいまで上げて。足の開きはオープンスタンスね」

「砲流(ほうりゅう)じゃないですか! なんでさせたんですか!」

「いやー、野球が観れなくてめっちゃ寂しいから」


 悪びれつつも、何かしてほしいという目をしている。


「……もう、仕方ないですね。黄金時代は好きですか?」

「あったりまえだよ! 神奈川に住んでればジョーシキ中のジョーシキ!」


 ノエさんに対して正面を向く。

 ノーワインドアップで始動し、両腕を顔近くに掲げる。それとともに左膝が胸をつきそうになるまで上げて溜めを作り、大きく前方へ踏み出す。右腕の肘を先行させることを意識しながら鞭のように振り下ろした。


「山市(やまいち)強志(つよし)!」

「凄っ、即答ですか」

「そりゃね。リオちゃんは山市ラブだったん?」

「顔も格好良くてフォームも豪快だから、一目惚れでしたね」

「バッターに対して球が来ないんだよねー。ワンテンポ遅れてくるっつーか」

「タイタンズの強打者をバッタバタ薙ぎ倒すのは、子ども心に爽快でした」

「根っからのファンだったわけかー」


 エアコンの冷気が気になってきた。寝室にいたときと同じパターンで汗が冷え、寒さすら感じる。


「あたし、今からシャワーを浴びて来ますね」

「ノエミもいっしょに入ってもいい!? 汗凄くてさー」


 褐色の肌に汗が浮かび、ギャルメイクもだいぶ崩れて地が出てきていた。といっても、可愛らしい顔立ちっぽいから素顔も見てみたい気がする。

 でもなあ、実質初対面の相手に裸を晒すのか……。ちょっと抵抗がある。


「ねっ、スポーツマン同士の裸の付き合いってことでいいじゃん!」


 返答に渋ってると、手を合わせて懇願してきた。たまにバッセン行く人はスポーツマンなの? この際それは置いといて、風邪を引かれても困るし仕方ない。


「わかりました。脱いでください。ついでに洗濯しますから」

「やった―――っ! リオちゃんマジ天使、マジ女神!!」


 力のこもったハグをしたあと、その場で脱ごうとするギャル。


「さすがに脱衣所でお願いします」



 * * *



 気がつけば朝だった。

 なぜかあたしと紗綾子さんのベッドで、紗綾子さんを挟んで3人で寝ていた。

 少し頭が痛む。ノエさんといっしょに風呂に入って、酒とつまみを暴飲暴食の限りを尽くして、いつの間にかベッドに潜り込んだのか。

 ……恐ろしいのが、あたしとノエさんの上着が、サッカーの選手よろしくチェンジされていた。

 何がどうなってこうなったのか全然思い出せないし、憶えていない。腕を組んで記憶を辿っていると、ノエさんが前触れもなしにムクッと起き上がった。


「リオちゃんおはよう」


 少女のような愛らしい顔。長いまつ毛に、左目が茶色で右目が琥珀色の両目。こうして見ると、西洋のドールみたいだ。とても同一人物とは思えない。


「昨日は凄かったね」


 あいさつを返す間もなくエグい変化球を放ってきた。

 ――手を出したのか?

 酔っ払った勢いでしてしまったのか? 

 いや、だったら憶えているはず。確かに風呂に入ったとき、良い体だとは思ったよ。

 正直、下心も一瞬浮かんだよ。でも、いち女性が憧れるナイスバディ的な意味合いが大半で。

 あれほど人に酔い潰れるまで飲むなと言って、自分はこれってもう示しがつかないどころのレベルじゃない。

 ……1回だけカットしよう。捉えて打ち返す勇気なんかない。それで重ね合ってしまってたら、誠心誠意謝ろう。


「な、何がです……?」

「野球の知識。リオちゃんは物知りだから、ノエミももっと勉強しなきゃって思ったよ」


 ホッとしたぁああぁあ! あたし、酒の勢いで浮気する最低なクズ女じゃなかったよ! ……じゃあ、なんで服が入れ替わっているんだろう?


「服? ノエミも起きてビックリした。交換しちゃってるねー。なんでだろーね。記憶がないぐらい飲んだの久しぶりだもん。多分、野球拳でもしたんじゃない」

「エ、エッチナノハ、ヨクナイコトダト思イマス……」

「なんで急にロボット口調?」


 ……あたしもまだまだだなぁ……。



 お酒は20歳になってから。ほどよく嗜む大人の楽しみ。


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梅雨時期のホットヨガ ふり @tekitouabout

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