2・ヨガ観戦

「ホットヨガの途中でして」

「鍋でも食べながらヨガしてんの?」


 違う解釈をされてマジでドン引きされても困る。


「鍋は食べないんですよ。40度前後の環境下でヨガをすることなんです」

「へー、こんな蒸してクソあちーときに?」

「ところがジメッとした環境じゃないので、いい汗かけますよ。それで今、リビングが地獄なんです」

「地獄ってヘル?」

「そう、ヘルなんです」

「アハハ、なんか助っ人っぽい! ほら、いたじゃん。何球団もコウノトリした」


 酔っ払ってるのか素なのかわからない言い間違い。ここはやんわりと、


「それを言うならフェルナンデスですし、渡り鳥ですね。いましたね、パ・リーグだけで4球団ですから、まさに仕事人って感じでした」

「そーそー。シーズン途中でいつの間にかいて、それなりに活躍してシーズンが終わるまでいるんだよ。で、次の年は契約しませんって、ケッコーひどくね?」

「プロの世界は厳しいですよね……」


 って、脱線しまくってるし。いつまでもここにいると、汗が引いちゃうしさっさと出ないと。風邪引いちゃう。


「じゃ、すぐに用意しますので」


 来客部屋もだいぶダンボール地獄なんだよなぁ。引っ越ししたてで荷解きしてないような状態。

 まずは荷物を端に寄せて、エアコンつけて、掃除機かけて、布団敷かなきゃ……これはもう明日お尻ペンペンじゃ済まないね。


「んー、せっかくだからホットヨガをやってるリオちゃんが見たいな的な」

「えっと……面白いものじゃありませんよ。ほとんどゆっくり体を伸ばしてるだけですから」

「だいじょぶ。コンビニでツマミ買ってっから。鮭とばをガジりながらカンショーするよー」


 つまみのチョイスが渋い。おっちゃんみたい。


「ノエミは飲み足りねーから酒もあるし。あ、鮭と酒でギャグじゃねーからね?」


 言われなきゃ特に気づかなかったよ。愛想笑いで返す。まあ、紗綾子さんと仲が良いみたいだし、野球観戦してるときも悪い印象はなかったし。


「あとさ、泊めてもらうのに何もしないっつーのもわりーもん」


 ……ああ、わかってしまった。この人は――ノエさんは断っても手伝うタイプの人間だ。口調は軽いけど体裁じゃなくてマジのやつ。断ると長引きそうだから……別にいいか。


「わかりました。重い物はあたしがどかしていくので、ノエさんは掃除機をかけもらえますか?」

「オッケー!」


 見られて困るようなものもないし大丈夫でしょ。


 

 * * *



「これはクソあちーって、リオちゃん」


 来客部屋の整理と掃除が終わってリビングに入った瞬間、ノエさんが膝をついてうなだれた。外よりも、マンションのどこの部屋よりも暑い自信がある。


「よくまあ、服を着てやってたね」

「本当は裸でやってたんですけど、急いで着ました」


 ノエさんは派手な格好に対し、上下グレーのタンクトップにスパッツ。さらにはグレー縁の眼鏡(ブルーライトカット)にグレーのマスク。今ならコンクリと同化できる自信がある。


「家で全裸推奨委員会?」

「開放感はありますが、筋肉の動きを見たいだけです。常に裸じゃありません」

「ノエミも脱いじゃうねー。あと、スポーツドリンクをちょーだい。さすがにミイラになるわ」


 褐色を引き立たせる花柄のオフホワイトのブラとショーツ。引き締まったウエストに形のいいヘソ。スタイルが良すぎる。思わず息を呑んだ。


「くびれが素敵ですね。褐色の肌に対する下着のギャップも魅力を引き立たせてます」

「ありがとねー。やっぱさ、いつまでも魅力的でいたいじゃん」

「素晴らしいお考えです」


 自然と拍手してしまう。紗綾子さんにも言ってほしいよ。外面はともかく、内面というか内蔵が心配だ。肝硬変にでもなって、早死にされでもしたら悲しすぎる。


「ノエミに気にせず、やっちゃって」


 えーっと、どこまでやったっけ? 確かこれやってなかったかも。


「よっ」


 逆立ちをし、そのまま姿勢を10秒ほどキープ。それからゆっくり足を前方へ下ろし、ブリッジをする。


「いきなり大技じゃん! ヨガのなんていう技!?」

「これヨガ関係ないです。ただの逆立ちからブリッジです」


 ノエさんがガクッとなる。芸人みたいなリアクションだ。


「リオちゃんって、結構素でかますよねー?」


 かます? なんのことだろう。ヨガだけの動きじゃ飽きるから、それ以外の動きを取り入れてるだけなんだけど……あっ。


「すみません。ブリッジだけなら上向きの弓のポーズって名前です」

「なーんだ名前あるじゃん!」


 ブリッジを解きながら、今度は腹這いになる。足先から徐々に太ももまで浮かせる。このときつま先に意識を向けながらやる。それを揃えるのも忘れない。

 頭と肩もマットから離す。手を後ろで組み、首と平行になるぐらいまで上げていく。深呼吸を10回繰り返す。体が引き締まっていくような感じがして気分が良くなる。


「なんかアザラシみたいな格好みたい。鮭とば食べる?」


 真正面にしゃがみこんだノエさん。白いショートパンツから伸びる焼けた脚が眩しかった。


「いえ、結構です。ちなみにこれはバッタのポーズです」

「へえー」


 ただでさえ、水分が出ていってる現状なのに、塩分は摂れても水分が摂れなければ意味がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る