梅雨時期のホットヨガ

ふり

1・破天荒ギャル

 梅雨時期は嫌いだ。

 野球は観れないし、売り子のバイトもできない。

 横浜ベイスタジアムは屋根がない屋外球場だ。雨が降れば試合ができない。小雨なら決行することもあるにはある。だけど、そのときは湿気が増して、雨と汗で体が濡れまくりで不快指数がマッハになる。

 ドーム球場に出張してくれって言われるけど、ベイスタが大好きだからよっぽどのことがなければ行かない。

 今はそこまでお金に困ってないしね。

 そんなことなので、リビングでホットヨガをしている。連戦続きで体が悲鳴を上げてたし、ちょうど良かったのかも。汗もたっぷりかくからストレス解消目的なのもある。

 エアコンの設定を暖房にして、温度をマックスに設定してある。床暖房も欠かせないね。

 ちなみにどうせ誰も来ないし、宅配は置き配だから裸でやってる。露出が好きなんじゃなくて、筋肉の動きがみたいのと洗濯物を出さないため。ただ、それだけ。


 ピンポーン♪


 ……気のせいかな。お隣でしょ。


 ピンポーン♪


 完全にウチだ。ヤバイヤバイ!


「はーい! 少々お待ちください!」


 バスタオルで体を拭き、タンクトップを着てスパッツを穿く。一応眼鏡とマスクもつけておく。

 宅配ならエントランスのチャイムを鳴らすはずだから、モニターに業者が表示される。モニターに表示されないからマンションの住人だろう。こんな時間にどうしたんだか。

 解錠してドアを開ける。酔い潰れた紗綾子さやこさんだ。その隣に破天荒な女がいた。

 左側が茶髪で右側が金髪というウェーブがかかったロングヘアに、大きめの丸眼鏡。ギャルらしいピンク色のヘソ出しのトップスに白いショートパンツ。そこから露出してる肌はあたしより焼けた肌をしている。

 いや、どこかで見たことがある。確か、紗綾子さんと野球観戦をしてたギャルだ! 本名を名乗ってもいいか。売り子のときと名前違うし。眼鏡とマスクでバレないでしょ。


「キミが従妹のリオちゃん?」


 ばかー、紗綾子さん教えてんじゃん。


「はい。すみません、紗綾子さんの同僚の方でしょうか?」

「そーそー。後輩の橘樹たちばな乃慧美のえみ! ノエでいいよ! みんなもそう呼んでっし!」

「それじゃ、ノエさん。ウチの紗綾子さんがすみません」

「オッケーオッケー、ノープロノープロ。でさ、聞いてよリオちゃん。シャコさん、チョームカつく客がラストだったんよ。ウルトラマッハで色んな酒いっちゃってさー。久々にピッチャーのイッキを見たわー」


 また酒に溺れてる……。


「ご迷惑をおかけしてホントすみません」

「しょうがないよー。ノエミだって時々ベロンベロンで酔い潰れて、シャコさんにお世話になってるしー」


 ケタケタと笑い飛ばしてくれる。人当たりのいいギャルだ。


「それよりさ、シャコさんが泊まっていいって。イエーイ、ヨロシクねー!」


 ガバッと腕を広げてくる。


「ちょっと待って、あたし汗だくなんですっ」

「気にしない気にしなーい! ノエミも汗かいてるしー。それに、カワイイ女の子は臭くないし、汗はハチミツといっしょって雑誌に書いてあった!」


 とんだクソ雑誌があるもんだと思いながら、ハグを受け入れる。紗綾子さんを連れて来るのに悪戦苦闘したのだろう。

 色んなニオイがする。汗、酒、香水、店、外気……臭いとは思わないけど、正直いい匂いとも言いがたかった。


「なーんだ全然汗臭くないじゃん! めっちゃいい匂いじゃん!」


 ハグの力が強くなって髪を中心に顔のあちこちを吸われる。


「で、めっちゃイイ体してっけど、なんかスポーツやってんの?」


 正直に言えるわけないじゃん……。


「昔、登山部だったんです。特定のスポーツはやってないんですけど、体を動かすことが大好きで……」

「ノエミもめっちゃ動くの好き! 時々バッセン行って、かっ飛ばすのが超最高!」


 へえー、なんか意外。ギャル仲間とウインドーショッピングでウェイウェイしてるんじゃないんだ。


「うぅ〜ん……」


 あたしたちの横でうずくまっている紗綾子さんの存在を忘れかけていた。


「とりあえず運びますね」

「ノエミも手伝う!」

「大丈夫ですよ」


 紗綾子さんの上体を起こし、背を向けて潜り込む。体を密着させ、両腕を引っ張り、一気に担ぎ上げる。


「すっげー! リオちゃん、めっちゃくちゃ力あるじゃん!」

「しょっちゅうやってますから」


 登山部の荷物に比べれば楽勝だった。歩荷ぼっかのほうがキツかったし。紗綾子さんは脱力してるとはいえ、体感100キロないし。


「そこらのヤローより頼りになるぅ〜。そりゃ、シャコさんも大自慢するわ〜」


 紗綾子さんさぁ、恥ずかしいからやめてほしいなぁ……。


「そこの部屋ー? ドア開けてあげるよ」

「ありがとうございます。お願いします」


 紗綾子さんをベッドに寝転ばせた。服を脱がしてボディーシートで体の汗を拭き取り、メイク落としシートでメイクも落とす。それから部屋着を着せ、体勢を整えて掛け布団をかけた。


「手際良すぎん?」


 呆気に取られながらノエさんが拍手をしている。素直に嬉しかったが、努めて冷静に返す。


「よくあることなので。ノエさんもここでゆっくりしてください。部屋の用意をしますね」

「ええー、いっしょに飲も?」

「すみません、まだ飲めないんです」

「どういうこと?」

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