第2話 三つ指立てて「お世話になります」

 自称、彼女の妹と名乗る美少女、野薔薇さん。

 確かに横顔や表情に先輩の面影があると言われてれればある気がするけれど、そんなことより!


 彼女の背後にあるキャリーケースは何なのだろう? 見たところかなりの大荷物のように伺えるのだが、旅行にでも行くのだろうか? それとも野外コスプレでもするのだろうか?


「え、そんなわけないじゃないですか。瀧先輩が病んで引きこもりになったと噂を耳に致しましたので、身の回りのお世話をしようと参りました」


 はぁ……⁉︎

 こ、この子、何言っているのだ?


 一瞬、まさかねーって思っていたことを実際に言葉にされて、思わず吹き出してしまったよ!


「でも先輩がコスプレを所望でしたら、何でも致しますよ? メイドでもバニーでも、大人気アニメキャラでも!」

「い、いえ……お気遣いは結構です。ってか、なんで俺の心の声を読んでるん? 声に出てた? 恥ずかしすぎるんだけど!」

「え、口には出していなかったですが、先輩の考えていることなら表情を見れば分かりますよ。大抵のことなら」


 恐ろしいことをサラッと言うな!

 それが本当ならば半径一〇メートルは近づかないでもらいたい!


「無理です、せっかくのチャンスを最大限に活かしたいので。と、言うことで……先輩。ふつつか者でございますが、これからどうぞよろしくお願いたします」


 綺麗に三つ指立てて、御丁寧に頭を下げられてしまったら、ダメとは言いづらいじゃないですか!


 そもそも俺の家は一人暮らしのワンルーム。しかも絶賛引きこもり中だった為、いたる所にゴミが散乱している始末だ。

 とてもじゃないが、女性を招待できる状況じゃない。


「お引き取り願えませんか? せめて明日、いや、三時間後などに!」

「先輩、なぜ私に遠慮なんてされるんですか? 私は先輩のことを裏切った彼女の妹なんですよ? 姉から受けた仕打ちを私に八つ当たればいいんですよ」

「や、八つ当たり?」

「えぇ、そうです。姉は先輩という素敵な伴侶がいるにも関わらず、他の男とまぐわった最低な女のですから。悔しくなかったですか? 寝取られて……。腹が立たなかったですか? 愛する女性が、他の男に幸せな笑みを向けていた光景が」


 彼女に言われて、忘れかけていた記憶が沸々と蘇ってきた。

 そうだ……目黒先輩は、嶽本先輩と仲睦まじく手を繋いで部屋から出てきたのだ。


 許し難い事実だった。思い出しただけで胃がキリキリして胸糞が悪くなる。


「——本当に可哀想な瀧先輩。でも安心して下さい、これからは私が先輩のことを支えて差し上げますから。実生活は勿論、先輩が望むならその先のことも」


 そう言って野薔薇さんは魅惑的な胸元を寄せて、上目で覗き込んできた。


 ———って、いやいやいや!

 目黒先輩は目黒先輩! 野薔薇さんは野薔薇さん!

 姉の不始末を彼女に償ってもらうのはおかしい!


「遠慮なんて必要ありません。ほら、先輩は私のことを欲望のままに押し倒して、感情をぶつけてしまえばいいんです。姉とはこういうことはされたんですか?」


 そう言って彼女は俺の唇を甘噛みして、首に腕を回して身体をくっつけてきた。擦り付けてくる胸、太腿、そして魅惑の花園。布越しとはいえ確かな温もりを帯びたソコは、俺の理性を確実に崩してきた。


「先輩がご所望ならば、どんなご命令にも服します。娼婦のように跨がれというならば衣服を脱いで這いましょう。雌犬のように膝まづけと言うならば首輪をつけて這いつくばります」

「い、いい! そんなことはしなくてもいいから!」

「でも、先輩のココは………(ちらっ)とても御所望のように見えるのですが?」


 見るなァー! 人の下半身事情を覗き見るな!


 だって仕方ないじゃないか! こんな可愛くて従順な美少女が押しかけてきたら、そりゃームスコもその気になる!


 だが、この子は目黒先輩の妹なのだ。道徳的にダメだろう? 俺はそこまで人間として落ちぶれたくはない。


「うーん、瀧先輩は意外と頑固なんですね。それじゃ……こう言うのはどうですか?」


 野薔薇さんは俺の耳元に唇を近付けて、悪魔の囁きを行った。


「姉と浮気相手である嶽本先輩に復讐してあげましょ? それはそれは世間が手のひらを返すような、最高で最低なシチュエーションで♡」

「………え?」


 甘くて蕩ける砂糖の塊のような、色鮮やかなキャンディーポップ。

 その中に中毒性たっぷりな魅惑の毒が混ざっていると忠告を受けていたとしても、人は誘惑に逆らえないのだ。

 そう、きっと俺の前に差し出されたキャンディーは、野薔薇さんの唇のように鮮やかなビビットピンクときめ細かくて真っ白な新雪のような肌の白が渦巻いた——子供が大好きなグルグルキャンディー。


「先輩、今が立ち上がる時です。私と一緒に天誅を下しましょう♡」


 俺は見誤っていた。この子は普通じゃない。そして俺の甘くて蕩けるドロドロの地獄は始まったばかりだったのだ。



———……★


「一先ず、刃渡り20センチの牛刀包丁を手にした可愛いメイドさんと、ベッドの上で狂ったように踊りましょう♡」


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彼女を寝取られて大炎上。でも代わりに美少女な妹が癒しに来てくれました 中村 青 @nakamu-1224

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