愛されますようにという祝福を授けられた妖精の愛し子ですが、みんなからの愛が重すぎるので全力で逃走させていただきます

貴様二太郎

愛されますようにという祝福を授けられた妖精の愛し子ですが、みんなからの愛が重すぎるので全力で逃走させていただきます

「まあ、なんてかわいらしいのかしら!」

「本当に!」

「ねえねえ、この子、わたしたちの国に連れて帰りましょうよ」


 ゆりかごの中で眠っているかわいらしい赤ん坊を取り囲んでいるのは小さな妖精たち。彼女たちは光るはねを忙しなく羽ばたかせ、輝く鱗粉を振りまき、きゃあきゃあとお喋りをしていました。


「でもでも、この子がいなくなったらこの家の人間は悲しむかしら?」

「だったら代わりを置いていけばいいのよ」

「そうね! 代わりがいれば悲しくないわよね」


 妖精たちは勝手に納得すると、ゆりかごの中の赤ん坊に翅からこぼれ落ちる鱗粉を振りかけます。すると赤ん坊はふわりと浮き上がり、妖精たちに導かれるままふわふわと空を移動し始めました。


「この子はわたしたちが育てるから、人間たちはこの子を大切に育ててね」


 妖精のひとりはゆりかごの中に赤と黄色がまじりあったチューリップそっくりな花を置くと、その花にそっと口づけを落としました。すると花はたちまちほころび、かわいらしい女の子へと。


「さあ、行きましょう!」


 取り替え子チェンジリングを残し、妖精たちは笑い声と共に夜の空へと消えていきました。



 ――それから14年。


「マーヤ、お誕生日おめでとう! 今日もとってもかわいいわ」

「おめでとう、マーヤ。こんなにかわいらしいんですもの、きっと世界中の人から愛されるわ」

「わたしたちのかわいい愛し子。マーヤにたくさんの出会いと愛が降り注ぎますように」


 今日は私の14歳の誕生日。周りを飛び交う保護者たちは私を盛大に褒めまくり、力いっぱい祝福してくれる。


「みんな、ありがとう」


 ここは妖精の国。シーリー・コート祝福された者たちが暮らす、空に浮かぶ楽園。


「マーヤ、今夜はお祝いよ! ちなみに明るいうちはどうするの? わたしたちはウンディーネに会いに湖へ行くんだけど」


 平和で幸せで、でも、平和すぎて退屈な場所。

 みんな妖精と違って翅や不思議な力を持ってない私は、この浮島の外へ行けないから。


「誘ってくれてありがとう。でもごめん、今から王様のとこ行かなきゃだから」

「なあに、また王様と人間の世界のお勉強?」

「今日は違うよ。今日はね、郵便屋さんが来る日」


 そんな私にとって、今日は誕生日よりも特別な日。浮島の外から郵便屋さんが来る、特別な日。


「そっか、今日の担当はあのツバメの郵便屋さんだものね」

「ああ、あの郵便屋さん」

「マーヤの大好きなツバメの男の子!」

「マーヤが大好きなツバメの男の子!」

「ちがっ、私とリュケリはただの友達‼」


 リュケリ――郵便屋さん――はツバメの獣人の男の子で、月に2回ほどこの楽園に配達へやって来る。王様が頼んだ本や色々なよくわからないもの、そしてたくさんの面白い話を持って。

 この刺激がなさすぎる楽園から出られない私には、リュケリの訪れは何よりの楽しみだった。


「リュケリだって~」

「名前呼び、なかよし~」

「じゃあね、うまくやるのよ~」


 小さな保護者たちは好き放題言うと、笑いながら飛び去ってしまった。

 あの人たち、ほんと恋とか愛とか好きすぎ。隙あらば誰かしらくっつけようとしてるし。


「こんにちは、王様」

「こんにちは、マーヤ。郵便屋さんなら今日はまだ来ていないよ」

「どうしたんだろ? 今日は遅れてるのかな」


 私の背より大きな花を椅子にして座る王様の足下に腰を下ろし、空を見上げる。


「なんか、ちょっと空模様怪しいね」

「そうだね、今夜は嵐になる。気をつけてね、マーヤ。嵐は色々なものを持ってくるから」


 待てど暮らせどリュケリは来ない。そのうち空が暗くなってきて、ついには叩きつけるような雨が降ってきた。風も吹き荒れ、とてもじゃないけどリュケリが来られるような状態じゃなくなった。


 そんな最悪な天気の夜。それでも私の小さな保護者やその仲間たちは、王様の家に集まって私の誕生日を盛大に祝ってくれた。

 パーティーが終わったあと、寝る前。落ち込む私を見兼ねたのか、妖精のひとりが「いい夢が見られますように」ってささやかな祝福もしてくれた。そのおかげか、ぐっすり眠れたんだけど……


「……は?」


 目が覚めたら、全く知らない場所にいた。

 嵐だから家に帰れなくて、たしかそのまま王様の家に泊まったはず。お気に入りの大きな胡桃の殻のベッドで寝てたはずだったのに、ここはいったいどこ?

 天蓋付きのベッドにふかふかの羽毛布団、石造りの壁に敷き詰められた絨毯……こんなのまるで、本の挿絵で見た人間の家みたいなんだけど。


「あ! 目が覚めたんだね、おはよう」


 なんて考えてたら、ドアから知らない男の人が入ってきた。茶色の髪と目の、さわやか系な見た目の男の人。人間? どう見ても妖精には見えないから、たぶん人間か獣人だと思うんだけど……


「初めまして、僕のつがい。僕はフレー、ヒキガエルの獣人だよ」

「ツガイ? あの、ちょっと意味がわからないです」

「運命だよ、運命! 嵐に飛ばされてたどり着いた楽園で君を見つけたとき、もうこれは運命だって思ったんだ」


 ちょっと……いや、だいぶ話が通じないぞ。どうしたらいいの、この人。


「あの、ここどこですか?」

「僕ときみの愛の巣だよ」


 だいぶ重症なんですけど。どうしたら会話できるの?


「失礼いたします、フレー様。ヴィズ様がいらっしゃいました」

「で、出かけてるって――」

「フレー!」


 うわっ、なんかめちゃくちゃ怒ってる美人さん来た。


「あなた、突然婚約解消してくれっていったいどういうこと⁉ ちゃんと説明なさい」

「いや、その……」


 ちょっ、こっち見ないでほしいんですけど!


「すまない、ヴィズ。僕は……真実の愛を見つけてしまったんだ!」


 カエル男は一跳びで私の隣に来ると、馴れ馴れしく肩を抱いてきた。


「はぁ⁉」


 やめて、巻き込まないで! なんで私なの‼

 なんとかして逃れようともがいてるんだけど相手は成人男性。まったく歯が立たない。


「僕はこの子を番にする! ヴィズには本当に申し訳ないと思っている。悪いのは心変わりした僕だ。慰謝料も払うし、きみが悪くないことはきちんと公表する。だから――」

「フレー?」


 美人さんがにっこり笑った。笑っ、た? いやいやいや、目が笑ってない。メチャクチャ怖いーー!


「は……い」


 隣のカエル男も固まってる。ていうか震えてる。振動がこっちに伝わってくるんだけど。蛇に睨まれた蛙ってこういうのを言うんだろうなぁ。


「こちらへ来なさい。まずはきちんと話し合いましょう」

「いや、だから僕は――」

「フレー。二度は言わせないで」

「はい!」


 カエル男は美人さんに連れていかれた。静まり返った部屋に残されたのは、私とカエル男を呼びに来たおじさんだけ。


「あの……」

「お帰りはこちらです」


 で、放り出された。

 右も左もわからない場所で、たった一人で。ひどすぎない?


「もー! ここどこなのー」

「ここはマーケズの町だよ。どうしたの? 迷子?」


 独り言に返事がきた。見上げるとそこには男の子がいた。


「どこに行きたいの? 馬車の駅? それとも広場?」

「妖精の国!」


 私の答えに男の子が目を丸くした。


「妖精の国って……うーん、それはちょっと難しいなぁ」

「町から遠いの? リュケリ――あ、郵便屋さんはマーケズの町から来てるって言ってたよ」

「距離はそこまでじゃないけど、妖精の国は空に浮いてるから」


 そうだった。あの楽園は空に浮かぶ浮島。だから私は、あそこから出られなかった。


「じゃあ、郵便局に連れて行ってもらえないかな。そこに知り合いが一人いるの」

「うん、いいよ。郵便局ね。じゃ、行こうか」


 にかって笑うと男の子は手を差し伸べてきた。さっきのカエル男と違って、目の前の男の子の手はいやだって思わなかった。

 男の子――ソマフール――と手を繋ぎ、リュケリのいる郵便局を目指す。


「へへっ、わりぃな坊主」


 はずだったのに!

 いきなり路地裏に引きずり込まれて、現在絶賛誘拐され中。起きてから今まで怒濤の展開すぎてわけがわからないよ‼


「んーーーーんーーーー!」


 誘拐犯はソマフールを殴って気絶させると、流れるような手際で私の口を猿ぐつわでふさぎ体を縄で縛り上げた。で、現在運搬中。

 ソマフール、大丈夫かな……。あの親切な男の子が、どうか無事でありますように。


「どうよ、俺の嫁さん」

「んーーーーんーーーー!」


 入り組んだ裏路地の先、たどり着いたのは誘拐犯の家。そこには何人かの男女がいた。


「おお! いいなぁ、別嬪さんじゃねぇか」

「人形みてぇにキレイな嬢ちゃんだな。金髪ってのがまたそそるなぁ」


 男たちがギラギラとした目で見てくる。気持ち悪い。怖い。


「こんな別嬪おめぇにゃもったいねぇよ、クヨーン」

「あぁ⁉ こいつは俺んだぞ!」


 雰囲気がどんどん険悪になってきて、とうとう喧嘩が始まった。

 もうやだ、なんでこんなことになってるの? 私が行くとこ行くとこ、ツガイだとか嫁だとか……? 


 ――わたしたちのかわいい愛し子。マーヤにたくさんの出会いと愛が降り注ぎますように。


 ふと、昨日妖精たちがかけてくれた言葉がよぎった。きらきらと光り輝く鱗粉とともにかけられたあの言葉は、妖精の祝福じゃなかったっけ?

 妖精の祝福、それは力ある言葉。ただの言葉じゃなくて、実際に何かしらの効果をもたらすもの。


 婚約者がいるにもかかわらず私をツガイだとか言いだしたカエル男。

 暴力に訴えてまで私を嫁にすると言っている誘拐犯。

 話してるうちにどんどんおかしくなっていった誘拐犯の仲間たち。


 ありえないくらいのモテ方……これ、もしかして魅了の効果テンプテーション付与されてる?

 

「こんな小娘の争奪戦だなんて、まったく」


 争いに夢中になってる男たちをバカにしたような目で一瞥した年配の女性が縄と猿ぐつわを取ってくれた。


「わかってるよ、悪いのはあのバカ息子どもだ。でも、アンタもなんかちょいとおかしくないかい? いくらあいつらがバカだっても、さすがにこれはちょっと異常だよ」


 おばさんは気味が悪そうに私を見ると、早く行けと外へ押し出した。また放り出され、でも逃げなきゃいけなくて。土地勘なんて一切ない入り組んだ路地裏をあてもなくさまよう。

 どうしよう。こんな状態じゃ郵便局なんて男の人がたくさんいる場所になんていけない。もしかしたらリュケリも、私と会ったらおかしくなっちゃうかもしれない。


「どうしたら……」


 妖精たちと連絡が取れれば迎えに来てもらえて帰れるのに。


「助けて……みんな……」


 石ばかりの町は息苦しい。あんなに出たかった楽園の外にいるのに、全然楽しくない。ひとりじゃ、こんな状態じゃ、全然楽しくないよ。

 朝から何も食べてないうえに歩き通し。もう限界だった。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん」


 動けなくて道端に座り込んでた私の頭の上から優しい声が降ってきた。


「迷子かい? 立てる?」


 私が座り込んでいたのは、おばあさんの家のドアのすぐそばだった。顔を上げたら、ドアを開けたおばあさんが心配そうな顔で私を見下ろしてた。

 疲れ果てて動けなくなってた私におばあさんは、「ちょうどスコーンが焼きあがったの。よかったら一緒にお茶しましょう」って迎え入れてくれた。そこで妖精の国から来たこと、帰れなくて困ってること、変な祝福のせいで男の人を狂わせてしまうこと……そういうのを色々聞いてもらった。そしたらおばあさんは、「それなら迎えが来るまでここにいるといいわ」って。ここに来て、私は初めて落ち着くことができた。


「あたしね、昔ミートロ伯爵家で乳母をやっていたの。レーア坊ちゃんはとてもいい子でね、今でもときどき、こんなあたしのとこに来てくれるんだよ」


 おばあさん――ムースさん――の言葉に嫌な予感を覚えた直後、扉をノックする音がして――


「やあ、ムース。今日はそこのケーキ屋でおいし……い……」


 返事も待たずに入ってきた黒髪の男の人と目があってしまった。彼の眼鏡の奥の目が見開かれる。


「レーア坊ちゃん! もうもう、いつも言っているでしょう。よそ様の家を訪問するときは、ノックのあとお返事を待ちなさいって」


 大慌てで坊ちゃんに駆け寄るムースさん。でも、もう手遅れだった。


「こんにちは、お嬢さん。私はレーア・ミートロ、モグラ獣人です。あなたのお名前をうかがっても?」

「この子はあたしの遠縁の子で、男性が怖いんです。だから、どうかかまわないでやっていただけませんか?」


 固まってしまった私に代わってムースさんが答えてくれた。私を守ろうと、大切な坊ちゃんに嘘までついて。


「ムース、下がりなさい。これは命令です」

「坊ちゃん!」


 でも、だめだった。レーアさんは、もうおかしくなっていた。


「見つけた……やっと見つけたんだ。私の運命、私の番」

「気のせいです! 気の迷いです‼」


 妖精たちーーー! なんて祝福してくれたの⁉ 私、こんな出会いも愛されも望んでないよ‼


「ああ、声までかわいいなんて。私のカナリア、結婚式はなるべく早くあげようね」

「無理です! 他を当たってください」


 って言ってるのに。なんかがっしり肩掴まれてるんだけど。もう捕獲されかけてるんだけど。


「レーア坊ちゃん! あなたにはエナ様という婚約者がいらっしゃるんですよ。浮気など、そんな不誠実なことをするような人に育てた覚えはありません。ああ、情けない」

「う……わ、わかってる。エナにはきちんと婚約解消を申し入れるつもりだ」

「坊ちゃん‼」


 ムースさんに気圧されてレーアさんが後退った。いいぞ、ムースさん。もっと言ってやって。

 

「だ、ダメだダメだダメだ! もう決めたんだ、私はこの子と結婚する‼」

「しませ――って、ちょっ⁉」


 いきなり視界が高くなったと思ったら担ぎあげられてた。ムースさんの制止を振り切って路地を走る走る走る。そして表通りに出た瞬間、停まってた馬車の中に放り込まれた。そのままレーアさんのお屋敷に連行され……


「だから! 私には魅了の祝福がかかってるんです。だからレーアさんの今の気持ちは魅了によるものなんです」

「今のこの気持ちが嘘だって言うのか? いや、そんなはずはない。きみは私の運命の番。私はついに真実の愛を見つけたんだ!」

「だからですね」


 だめだ。ぜんっぜん聞いてくれない。もうやだ、この呪い。妖精たちーーー! ほんとになんてことしてくれたの。

 結局この話は平行線のまま、まったく交わることなく終わった。カエル男のときもだったけど、真実の愛ってなんなの? なんか流行ってるの?


「また鍵付き扉かぁ……」


 で、現在。私は絶賛軟禁中。お屋敷の中と彼が掘った地下のトンネル以外は出ることを禁じられていた。仕方ないからトンネルがどっか外に繋がってないか調べてたんだけど……繋がってそうなとこには全部鍵付きの扉があって出られなかった。


「うぅ……」

「うひゃあ!」


 思わず飛び上がっちゃったけど、これ私悪くない。だって、真っ暗なトンネルの先、そこからかすかなうめき声? みたいのが聞こえてきたんだもん。こんなの誰だってびっくりするでしょ。


「誰か……いるの?」


 オバケだったらどうしよう。ちなみにこの先にいるのがオバケで、そのオバケが男の人だった場合、オバケにも魅了って効くのかな? 効いたらやだなぁ。やっぱり帰ろうかな。でも、もし人だったら……


「はは、幻聴……かな。マーヤの声が、聞こえる」


 なんで私の名前……って、あれ? この声、どっかで聞いたことあるような……


「神様、最後にマーヤの声を聞かせてくれて……ありがとう、ござ……」

「あーーー!」


 知ってる! 私、この声知ってる‼


「リュケリ!」

「マーヤ⁉」


 雑に掘られたトンネルの先、そこに倒れていたのはツバメ獣人の郵便屋さん、リュケリだった。

 真っ黒な髪に前髪だけワンポイントで赤いツバメ獣人特有の髪が、私の持つランプの光に照らされ浮かび上がる。


「リュケリ、なんでこんなとこに?」

「それはこっちのセリフだよ、マーヤ。なんできみがここに?」

「色々あったんだよ。でもよかった、リュケリに会えて。ところで、こんなとこで何してるの?」

「こっちも色々あって」


 昨日、妖精の国に配達に行く予定だったリュケリ。でも昨日は色々予定外の仕事が入っちゃって、妖精の国への配達が遅れちゃって。時間は押してるし嵐は近づいてるしで焦って飛んでたら、うっかり茨の枝に翼をひっかけちゃったとか。それでもなんとか配達に行こうとして、結局途中で力尽きて墜落。たまたまここにトンネルが掘られてたから地面が柔らかくなっててたいした怪我をせずに済んだみたいだけど……


「バカなの⁉ ここにトンネルがなかったら、固い地面に叩きつけられて死んでたかもしれないんだよ」

「ごめん。だってさ、マーヤ、ぼくのみやげ話いつも楽しみに待ってるでしょ。だから、ぼくが行かなかったらがっかりしちゃうかなって」


 私のために無理して来てくれようとしてたとか……ずるい。そんなの聞いたら、もう怒れないよ。


「ごめん。私のせいで怪我しちゃったんだね」

「違う違う、マーヤのせいじゃないよ! ぼくが勝手にやったことだから。ごめんね、心配かけちゃって。それより、どうしてマーヤはここにいるの?」


 ムースさんにもらってたクッキーをポケットから出してリュケリと半分こしながら、昨日から今日の大冒険を語った。


「それはなんというか……妖精たちは良かれと思ってやったんだろうけど。ほんとあの人たちは、も~」


 苦笑いするリュケリ。すっごくいつも通り。


「さて。ようやく腹も少しだけだけど膨れたし。じゃ、行こっか」

「行くって?」

「妖精の国だよ。え、帰らないの?」

「帰れるの⁉」


 リュケリが落ちてきたこのトンネルは地上に近いところにあって、どうやら天井が薄いらしい。しかもこのトンネルは一度きりの使い捨てのトンネルだったみたいで、ろくな手入れがされてないから獣化(完全に獣の姿に変化)したリュケリなら、一度崩れた天井くらい余裕で突破できるらしい。


「じゃあ、しっかり捕まっててね」

「うん」


 完全にツバメの姿になったリュケリの背に乗って、しっかりしがみつく。さっきからやたらドキドキするのは、きっと帰れるって興奮のせい。きっとそう。


「――え⁉」


 リュケリが飛び立ったその瞬間、私は大きな手で彼の背から引きずり降ろされた。そして直後、首筋にちくりとした痛みがはしって……



 ※ ※ ※ ※



 真っ白なドレスを着せられた私は車いすにのせられ、レーアの屋敷の中にある教会に連れてこられてた。逃げたいのに、叫びたいのに、今の私は指一本を動かすどころか声さえ出せない。

 あの時、モグラ獣人のレーアに捕まり噛みつかれ、麻痺毒を注入されたから。


「私の番。さあ、誓いをたてよう。死がふたりを分かつまで……」


 絶対いや! いやなのに、体も声も自由にならない。拒絶したいのに、できない。


「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」

「マーヤ!」

「わたしたちの愛し子、返してもらうわよ!」

「レーア、わたくしというものがありながら‼ まだ話は終わってないわよ。婚約破棄なんて絶対にしてあげないんだから!」

「なっ、貴様ら何勝手に入ってきて――」


 え、なに⁉ なんかドアがばーんって開いて、人がいっぱい入ってきた気配がするんだけど。麻痺してて体動かせないから、なんか後ろが騒がしいことしかわかんないんだけど。


「その子は僕の番だ! 返してもらうぞ」

「違う! 俺の嫁だ」

「レーア、浮気は許さないわよ」


 振り向けないから見えないけど、バキバキっとか、ドカーンとかぎゃーとか、いろんなすごい音がするんですけど……本当にどうなってるの、これ。


「さっきはマーヤひとりだけ置いてっちゃうことになって、ごめん。助けに来たよ」


 目の前に現れたのはリュケリ。よかった、無事だったんだ。しかも、わざわざ助けに戻って来てくれたとか。


「でね、マーヤ。お手紙持ってきたよ」


 こんなときに手紙ってどういうこと? あと後ろの音、さらに激しくなってるんだけど大丈夫? ときどき建物自体揺れてるけど、ほんとに大丈夫⁉


「かわいそうに、モグラの毒で麻痺してるんだね。じゃあ、僕が代わりに開けちゃうね。差出人からもそうしていいって言われてるんで」


 言うが早いか、リュケリは持っていた白い封筒の封を切った。瞬間、中からきらきらと輝く光の粉があふれ出した。


「きゃー、王様の鱗粉だー」

「きらきら、きれーい」


 封筒からあふれ出した光の粉の正体は、妖精の王様の鱗粉だった。


「……あ、動ける」

「これ、妖精の王様からマーヤへのお手紙です」


 にこにこと微笑むリュケリから渡されたのは、さっきの白い封筒。中から便箋を取り出すと、そこには王様のきれいな字が書かれていた。


 愛し子へ

 事情はリュケリから聞きました。

 すぐ助けに行けなくて、たくさん辛い思いをさせてしまってごめんね。

 妖精たちがかけた祝福は全部消しました。

 この先、きみが本当の幸せな恋をしてくれることを願っています。


「俺……なんであんなにこの子が好きだったんだ?」

「僕も、ヴィズがいるのに……なんでこんな不誠実なこと」


 自由になった体で振り返ると、ボロボロになった誘拐犯と獣化したカエル男が私の方を見て呆然と立ち尽くしてた。


「すまなかった、エナ! どうかしてたんだ。もう一度きちんと話し合おう。だからとりあえず、まずは解放してください‼」


 獣化したレーアが、妖精みたいに儚い見た目の女の子にその大きな腕を取られ、床に顔を押し付けた状態で取り押さえられてた。


「わたしたちのかけた祝福~」

「消えちゃった~」

「ざんねん~」


 そして元凶の妖精たちは反省なんてまったくしてなくて、心底残念そうに私の周りを飛び回ってた。

 ほんとにもう、この人たちは!


「リュケリ、ありがとう。王様に知らせてくれて」

「ううん。むしろ……さっきちゃんと助けられなくてごめん」


 優しい優しいリュケリ。みんながおかしくなった中で、ひとりだけいつも通りでいてくれた……って、そうだ! 


「ねえ、なんでリュケリには魅了の効果がなかったの?」


 私の問いにリュケリは「ああ、そんなこと」っておかしそうに笑った。


「だって、妖精たちが祝福する前から、ぼくはずっとマーヤに魅了されてたもん」


 祝福する前から魅了されてたって、それって……


「もちろん今もだよ。ぼく、マーヤのこと大好き!」


 王様の鱗粉よりきらきらした笑顔で爆弾発言を落としてくれたリュケリ。

 うわっ、顔が熱い。どうしよう、ドキドキも止まらない。


「ねえ、マーヤは? マーヤはぼくのこと、どう?」


 にこにこ笑顔の圧がすごい。


「えっと……き、です」

「聞ーこーえーなーいー。はい、もう一度」


 嘘だ。絶対聞こえてたでしょ、今の。リュケリってこんな意地悪もする子だったんだ。でも、そんなリュケリも嫌いじゃない。ううん、なんかさっきよりドキドキする。


「私も、リュケリが大好きです‼」

「やったぁ! ぼくもマーヤ、大大大好き」


 ぎゅって抱きしめられて、なんかもう心臓が口から飛び出しそう。


「ツバメは一途なんだ。一生大切にする。だから、ぼくの番になって、マーヤ」

「……はい!」


 小さな箱庭から飛び出した女の子は大好きなツバメの背に乗って、自由な空へと旅立っていきました。

 めでたし、めでたし。



 ☆ ★ ☆ ★



登場人物紹介


主人公:マーヤ

元男爵令嬢。14歳。

生まれてすぐ妖精に誘拐されたチェンジリングで妖精の愛し子。

育ての親の妖精たちから「みんなに愛されますように」という祝福(テンプテーションで好意増大、おまけでヤンデレ素質のある男を暴走させてしまう)を授けられている。

ストロベリーブロンドに緑の目の美少女。


ツバメ:リュケリ(lykkelig)

デンマーク語で「幸せな」という意味。

ツバメの獣人。16歳。

獣化すると人間大のツバメになって飛行することができるようになる。

郵便配達の仕事をしていて、妖精の国への配達担当のひとり。

庶民。ヤンデレ素質なし。

濡羽色のストレート短髪。前髪がワンポイントで赤。

燕の鳥言葉は「幸福の予感」。


カエル:フレー(frø)

デンマーク語で「カエル」という意味。

若くして成功した青年実業家。見た目は爽やか系だがヤンデレ素質あり。

獣化すると人間大のカエルになり、舌が伸びるし胃も出せるし、水かきもできて泳ぐのもうまくなる。

緊張したり恐怖すると耳の後ろや皮膚から毒が分泌されてしまうので料理人になることを禁じられてる種族。

婚約者はヘビ獣人の気の強い美人さん、ヴィズ。


モグラ:レーア・ミートロ(lærer・metro)

レーアはデンマーク語で「教師」、ミートロは「地下鉄」の意味。

(本当はMuldvarpでモグラという意味なのでこれで名前つけたかったのですが、読み方がわからなかった……)

モグラの獣人。見た目は優しそうなインテリメガネ。

目がよくないが耳はいい。基本的には家の下に掘った地下室で暮らしてる。

学者で貴族(伯爵)。ヤンデレ素質ありあり。

獣化すると人間大モグラになって土掘りができるようになる。唾液に麻痺毒がある。

マーヤのテンプテーションで無事ヤンデレ化。

婚約者は妖精姫と呼ばれている男爵令嬢エナ。マーヤの代わりに置いていかれた妖精の女の子。


コガネムシ:クヨーン(kujon)

デンマーク語で「臆病者」という意味

人間。見栄っ張りだけど人の意見に流されやすいタイプ。

ヤンデレ素質というよりメンヘラ素質あり。


白い蝶:ソマフール(sommerfugl)

デンマーク語で「蝶」という意味。

人間。親切な少年。ヤンデレ素質なし。


ネズミ:ムース(mus)

デンマーク語で「ねずみ」という意味。

レーアの乳母。路頭に迷ってたマーヤを助けてくれた人。

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愛されますようにという祝福を授けられた妖精の愛し子ですが、みんなからの愛が重すぎるので全力で逃走させていただきます 貴様二太郎 @2tarokisama

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