【短編】なにも見えない洞窟の中で【ファンタジー】

桜野うさ

なにも見えない洞窟の中で

「あ~あ、突然世界が爆発して、皆犬死にしないかな~」


 洞窟で出会ったのは、頭のおかしな男だった。


「皆死んじゃえよ~……そして誰よりも早く僕が死ねよ。ああ、言われなくとも死ぬとも。はは、死んでやるー」


 乾いた笑いを上げながら、男は物騒な事を喋り出した。こんな奴とこんな暗いところで二人っきりとか、俺はもう駄目かもわからん。

 そもそも何でこんな事になっちまったんだっけ。ちょっと前まで激戦区で剣を振るっていた兵士の俺が、何である意味戦場よりも物騒な男のネガティブ発言に耳を傾けているんだ?

 そうだよ、突然大雨が降ってきたんだ。雨宿りの場所を探して一人走ってる俺の前に、おあつらえ向きの洞窟が現れたってわけだ。





「ちくしょーー!」


 俺は土砂降りの中、猛ダッシュをしていた。傘が無いからだ。

 猛ダッシュをしながら俺は考える、何故俺は走っているのか。服は限界まで濡れてぐちょぐちょだし、目的地も無い。ぶっちゃけ走る意味無し。


「くそがーー!」


 意味は無くとも走るだけだ。それが人間って奴さ。お、俺今ちょっと哲学っぽいかっこ良い事考えた気がする。聞いてくれる相手はいないけどなー。


「お、あれは」


 土砂降りの中、霞んだ視界に洞窟が見えた。

 神様有難う! 都合の良い時しかアンタを信じない俺を助けてくれるなんて、太っ腹すぎるよ~!!


「ふぃ~」


 俺はびちょ濡れになった服を乾かすため、早急に全部脱いだ。べっちゃりとひっつく布から解放されて良い気分だ。良い気分のまま、どさりと地面に腰をつけた。はぁ、全裸っていいねぇ。

 うほぉっ! なんか地面がほんのりあったけー! 誰かが少し前まで焚き火でもしてたのか? 冷えた体にこりゃありがてーぜ!

 神様有難う!! これからは都合の良い時以外にも、ふと思い出したときにアンタを崇めるよ!!!

 あったけーだけじゃなくて、この地面ちょっと柔らかい気もするけど、こっちの方が座り心地良いし、ま、いっか。


「ついてるついてる、こりゃ無事生還できたら会社でも作って一発当てようかなー。んー、何の会社にしよ~」


 けたけた笑いながら冗談を飛ばすも、聞いてくれる相手がいないから虚しいだけだった。

 洞窟の中は真っ暗だ。雨が当たらないように奥まで行くともう何も見えない。こんな所にいると自分の存在すら怪しくなって来るから、どんなに下らない事でも喋ってないよりマシだった。

 黙ってじぃっとしてると気が滅入って来て、俺って本当にここにいるのか? とか考えそうになる。ま、そんな事考える時点でいるんだけどな~。


「寂しいよー、虚しいよー。俺超孤独だよーーー」


 一人なのを良いことに、俺は洞窟の中を叫びまくる。洞窟に俺の声が響き渡るだけで、答えてくれる声は無い。


「あーあ、誰か返事してくれません?」


 って、返事されたら逆に怖いっつーの。

 ここは俺の国マシリアと、マシリアと長いこと戦争中の隣国との国境付近だ。敵兵がうろついてる可能性だって高い。もし敵兵と鉢合わせたりしてみろ。俺の命は崖っぷちだ。何たって俺は今丸腰どころか産まれたままのベイビーファッションなんだからな。完全武装の兵士がいたら即終了だ。


 ……服はともかく剣だけでも手元に置いとくか。


「よっこらせっと」


 二十代にあるまじき爺むさい台詞を呟きつつ、気だるげに立ち上がった。誰もいないからフリーダムだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ、助かったぁぁぁぁぁ!」


 いたよ、誰か。

 いきなり上がった声に俺の心臓は止まりかけた。

 ところで声は俺が今まで座っていた地面から聞こえるような気がするんだが。


「いや、いやいや本当、今のはやばかった。息できなかった、ヘブンズゲートの隙間から光が見えた」

「え? あ? え?」


 突然人が現れて混乱したもんだから、思わず飛び出した声は随分間の抜けたものだった。


「お前! よくも汚ない尻を僕のこの美しい顔に乗せてくれたな!」

「はぁ? 尻?」

「そう、尻。今までお前が座っていたのは僕の顔なんだよ!!!」

「なん……だと?」


 どおりで地面が暖かかったのか。そうか、あれは忘れかけていた人肌の温もりか……。


「顔に他人の尻乗せられるとか、十九年生きてきて嬉し恥ずかし初体験だっつーの! しかも初体験にしていきなり一糸纏わぬ尻とかディープ過ぎ。驚きを通り越して向こう側行っちゃったよ」


 俺の方も驚きを通り越して何も言えなかった。

 あの地面、座ってると何となくケツがむずむずする感じになると思っていたんだけど、こいつの吐息がかかっていたわけね。何とも言えない感触だった。ぶっちゃけるとちょっと気持ち良かったんだけどな。


「お前さ、お前さぁ! 服くらい着ようよ、着てよ頼むから。人間だったらさ!」


 何だよその言い方。まるで俺が普段から常に裸みたいな言い方しやがって。今はたまたま、たまたまだからな!


「しかもお前さっき屁、こいたろ? 他人の顔の上で。死ねよマジで」


 あ、それはごめん。だって普通に地面だと思ってたし。てか言うなよもぉ、恥かしいだろー。


「くっそ、もう何だよもう。元々気分最悪だったってのに落ちるトコまで落ちちゃったよ。あ~あ、突然世界が爆発して、皆犬死にしないかな~皆死んじゃえよ~……そして誰よりも早く僕が死ねよ。ああ、言われなくとも死ぬとも。はは、死んでやるー」


 乾いた笑いを上げながら、男は物騒な事を喋り出した。いきなりどうしたんだよ。怪しい薬でも常用してか?


 めんどくせえ奴に出会っちまったぜ。こんな場所からさっさと立ち去りてぇ。 けど、外は相変わらず土砂降りのままだ。

 あーあ、早く帰りてぇなー。

 帰るって、何処にだ?

 俺の中のもう一人の俺が、突然そう問いかけて来た。


「あのさ、取りあえずお前、僕に謝れよ」


 男はいきなり冷静な口調でそう言った。

 もう一人の俺の声は消え去った。


「あ、ああ。悪かった」

「絶対に許さない、七代先まで祟ってやるからな」


 謝らせておいて何だこいつ……!

 十九歳ってことは俺よりかなり年下じゃねぇか。なのにこの高圧的な態度。カスが。ま、でも俺は心が広いから餓鬼の戯言だと思って許してやんよ。でもこいつのことはこれから脳内でクソ餓鬼って呼ぶわ。ムカつくから。


「ところでお前さぁ、何者?」


 クソ餓鬼は俺に尋ねた。 

 そりゃ気になるよな。何たってここは国境近くだ。俺たちが敵同士って可能性は大いにある。……こんなちゃらんぽらんな奴、まさか兵士じゃねぇだろうけど、こいつが敵国の兵士だって可能性もあるにはあるんだ。それが一番最悪のパターンだ。


「俺は……マシリア国の民間人だ」


 民間人だって言っておけば、例え敵国の兵士でもいきなり襲って来たりはしないだろう。


「お前もマシリア人だったのか……」


 クソ餓鬼は驚いた風に声を上げた。


「何だよ、同じ国の奴だったのか。そりゃ安心だ」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。クソ餓鬼は何も言わなかった。



「へぶしっ!」


 安心したらくしゃみが出ちまった。それに急に体が寒く……。


「お前、このまま服着ないと風邪ひくぞ?」

「つったってよぉ、俺の服びしょびしょなんだよ」

「ふぅん。……って、うわっ、手に何かついた、何これびしょびしょ」

「それ、俺の服」

「何か拭く物持ってないの?」

「持ってても全部濡れてるっつーの!」


 俺がそう言ったにも関わらず、クソ餓鬼はわたわたとその辺りを探りはじめた。


 ――カシャン


 何かが倒れた音が響く。


「何、これ……」


 俺の剣だ。


「触るな!」

「ちょっ、いきなりでっかい声出さないでよ! 吃驚するなぁ……」

「悪い。けど、こんな暗いところで剣なんか触ったら怪我すると思ってな」

「え? これ、剣なの?」


 暗くてクソ餓鬼の顔は見えなかったけど、警戒されたのが空気で伝わって来た。


「剣ったって護身用だ! こんなトコじゃいつ敵に遭遇するかわかりゃしねぇからな」

「あ、ああ、そりゃ国境付近を丸腰でうろつくなんて馬鹿のする事だからね。僕だって護身用の武器は持ってるよ」


 まぁ、別に同じ国の人間なんだったら兵士だって言ってもかまやしねぇんだけどな。


「ところでさ、君は何でこんな所にいるわけ?」

「え、あ、雨宿りしに来て……」

「民間人がこんな危ないところまで何の用だよ」


 こいつ自分の行いを棚上げしすぎだろう。


「お前だって俺と同じ民間人のくせに何でこんなとこにいんだよ」


 クソ餓鬼はすぐには答えなかった。たっぷり沈黙した後で「死ぬためだよ」と呟いた。

 その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓は風が吹いた時の海面みたいにさぁぁっと波打った。


 簡単にそんな事言うなよ。

 簡単に死ぬとか言うなよ。


「な、何で死ぬとか言うんだよ!」

「僕はもう、死ぬしかないからさ」


 十代にして悟りを開いてしまった風な言い方で、そいつは言い放った。冗談で言ってるとは思えないほど重さを感じた。


「どうやって死んだらかっこいいかなって考えているうちに、食べ物を持っていないことに気が付いて、餓死寸前でここに倒れていたんだよ」


 君、食べ物持ってない? と聞かれたから非常食を投げてやった。ビスケットタイプだし、暗くても食えるだろう。


「お前さ、死にたいくせに食い物は食うんだな」

「まぁ、餓死は嫌だろ常識的に考えて。苦しいだろうし、時間もかかる」

「苦しくない死に方なんてそうそう無いだろ」

「一瞬で死んだら苦しむ間なんか無いでしょ。ああ、でも人に殺されるのは嫌なんだよね、絶対」

「死にたいとか言うけど、もし俺が戦争で大事な奴を亡くした人間だったらどうすんだ? こんな時代にそういうこと軽々しく言うなよ」

「もしかして君、戦争で大事な奴を亡くした人間?」


 俺は何も言わなかった。それはつまり、肯定したと同じ意味なんだろう。





「はぁ、はぁ」


 その時俺は走っていた。大軍を前に怖気づいたんだ。だが、俺は自分がびびりだとは思ってない。あのまま敵の軍に突っ込んだって犬死だった。そんなことはなから分かっている。現に俺の隊は、俺以外皆死んじまった。俺だけ逃げ出したから助かったんだ。

 俺は軍師じゃない。作戦なんて難しいもんを考えんのは無理だ。だが、素人目にもこちらが不利なのはわかりきってたのに。あのクソ軍師は撤退命令を出さなかった。

 軍師は俺や仲間の上司だった。だから誰も何も言えなかったんだ。親友は、戦友は、俺の目の前で犬死した。無能な上司の安っぽいプライドのせいで。


 鼓膜ぶち破るような音の後、大軍が襲って来た。で、気付いたら自軍の死体が何個も転がっていた。それを見て、俺は走り出した。


 遠くで声が聞こえる。


 何を言っているのかは分からない。ノイズの様に意味が通らない。まるで、大雨みたいな音だった。

 俺はそれを背に走り続けた。生きるために走っているのに、何のために生きてるのかわかりゃしない。俺の何かだったもの達は、みんな俺の後ろにある。なのにどうして、俺は前に進む?


 ザァァ。意識の端っこから聞こえ始めた雨音は、徐々にその勢いを増した。

 それはいつの間にか土砂降りになった。


「ちくしょーー!」


 全身びちょ濡れになって、それでも俺は走っていた。目的地どころか目的も無いのに。


「くそがーー!」


 だけどこんなになってもまだ死ぬわけには行かない。このままじゃ胸糞が悪すぎる。せめてあのクソ上司をぎゃふんと言わせたい。

 あの手の奴は上に媚びるだけは上手いから、ずっと軍師の位置に居座りやがるんだろう。あんなのが居る限り、俺みたいな奴が生まれ続ける。あいつをあのままにしてちゃ駄目だ。

 俺の大事なものを奪ったあいつの、その大事なものを目の前でぐしゃぐしゃにしてやる。そうすりゃ頭の悪いクソ上司でも、少しは俺の気持ちがわかるんじゃないか? 

 その無能な上司には子どもが一人いたそうだ。昔子どもの自慢をしていた。確か二十歳そこそこだったはずだ。その餓鬼を、俺はこの手でぶち殺してやる。


 俺の生きる目的はそれで良い。




「ばっかじゃない?」


 クソ餓鬼の声で現実に引き戻された。


「あのさ、家族とか死んだのは同情するよ。けど、生きてたって家族が最悪ならもっと悲惨じゃないか」


 ぽりぽり非常食を貪りながらくそ餓鬼は続けた。


「僕の父親、まぁ最悪人間なわけよ。駄目駄目の癖にプライドだけは高いから、色んな人から怨み買って。で、僕も命とか狙われたりして」


 あんな父親ならいない方がマシだよ。クソ餓鬼はそう言った後で乾いた笑いを零した。


「なのに地位だけは無駄に高いからね。最近も無能親父のせいで人がいっぱい死んだんだってさ。くそったれだよねー」


 心臓が跳ねた。

 まさかこいつの親父って……いや、さすがにそんな偶然ねぇよな。ふと思いついた考えに俺も内心自嘲した。


「僕が死ぬしかないってのもその父親のせいなんだよ」

「そう、なのか?」


 掴み所の無い奴だったが、意外と悲惨な身の上らしい。


「うん。父親の尻拭い。最低だよ、本当に最低。尻拭いだわ尻に乗られるわ! あ、あれまだ許して無いからね。つーかそろそろ服着ろよ、原始人」

「うるせぇ、まだ乾いてねぇんだよ、服が」

「こんなに優秀な美青年が若い身空で死ななきゃいけないんだ。人生って儚いよ本当」


 餓鬼が非常食を食うぽりぽり言う音が止まった。このクソ餓鬼、人の非常食全部喰っちまいやがったのか。


「父親本当にムカつく! 七代先まで祟ってやりたいくらいムカつく!」

「親父の七代先まで祟ったら、お前自身も祟られるぞ。お前が二代目なんだから」

「そうだね、そうだよね、本当」



この餓鬼があのクソ上司の子どもだなんて偶然ごめんだぜ。小説かなんかじゃあるまいし。


「……お前の父親って、軍人?」

「何でそんな事聞くの?」

「いや……深い意味は無いけどな」

「まぁ、軍を動かせる力はあったから、軍人と言えばそうかもね」


 いやいや、まさか。そんなことって。


「ここだけの話し、うちの父親結構有名なんだよね。ま、無能ってことでだけど。顔しか似なくて良かったと思うよ、本当」


 もしこの餓鬼が殺そうとしていた人間だとして、俺は本当に殺せるんだろうか。

 だが、殺さねぇと。俺の生きる目的が何も無くなる。


「あのさ、俺、人を殺そうと思ってんだ」


 気付いた時、俺はそう呟いていた。


「何いきなり危ない発言してるんだよ!」

「実は俺、お前に隠していることがある。俺は、マシリア国の兵士だ」

「マシリアの兵士……」

「大丈夫、もしお前が俺の敵国の人間だとしても殺す気はないから。兵士だって人間だ。怨みも無い人間は殺さない。ただ、一人だけ殺したい奴がいる」


 餓鬼は、黙りこくって聞いていた。


「俺は、家族を食わせるために兵士になった。その家族は戦争で死んだ。恋人も、死んだ。敵国を怨んでいたから、敵兵を殺すのに躊躇は無かった」


 俺は過去をあまり口にしたことはない。

 聞いても暗くなるような内容だし、それに、こんなご時世じゃ俺みたいなやつは珍しくない。だから、自己主張なんてしても仕方がない。


「軍に入って、友達っつーか、つるむのが楽しい奴らも出来た。そいつらは、無能なクソ軍師の判断ミスで犬死しやがった」

「何でそんなこと僕に話すの? 初対面の人間に重い話しされても困るんだけど」

「初対面で死にたいとかぬかしたお前が良く言うぜ。……まぁ、聞いてくれよ。俺は、そのクソ上司に復讐するためだけに今生きてるんだ。上司には子どもがいるらしい。丁度お前くらいの」

「それで、もしかして僕が君の上司の子どもだって? 小説の中の話じゃあるまいし、そんな偶然あるわけないよ」

「違うなら良いんだ」


 危惧に終わったことを、俺は心から安堵していた。いくらなんでも、ちょっとでも会話すりゃ情の一つも湧く。


「いや。案外、そういう偶然もあるかもしれないよ。現実は小説より奇なりって言うしね」


 餓鬼の糞真面目な声が、不安を掻き立てる。


「もし、僕が君の殺したい相手だったらどうする?」


 その問いの答えはわからない。

 外に出て、こいつの顔を見て、俺の予想が当たっていたら、果たして俺は、どうするんだろう。理性で殺したい欲求を止められるだろうか。


「一個だけ頼んで良い?」

「……何だよ」

「僕が誰でも、出来たら殺さないで欲しい。僕はちゃんと自分の手で死にたいからさ」


 ノイズ音の様に煩かった雨の音が、段々と弱くなりだした。


「ああ、ほら、雨、止みそうだ。出ようか、外。その前に服は着ろよ」


 じゃりっと、餓鬼が地面を踏む音がした。

 洞窟の地面が見える場所まで俺は来た。

 光が目に痛い。あって当然だった太陽の光が、こんなに強いものだったなんて知らなかった。


「いくらなんでも、僕の国の人間なら僕の顔はわかるよね」


 光の中、餓鬼が呟いた。

 いや、餓鬼じゃない、あれは


「国王、陛下……」


 そこにいたのは間違いなく、去年マシリアの国王に就任した男だった。


「君の全てを奪った戦争の元凶はこの僕だ。それでも君は僕を殺さずにいられるか?」





 その時、僕は走っていた。逃げていたんだ。

 僕の父上は悪政を強いた王として、きっと歴史の教科書に乗載るんだろう。なら僕は、どういう風に載るんだろうか。民主主義に移行する怒涛の時代の最後の皇帝? ラストエンペラーなんて、かっこいいかもしれない。

 父は他国との戦争をまるでゲームみたいに楽しんでいた。父が王に就いてから、わが国が平和になったことは一度としてない。

 誰も父に文句をいう事は出来なかった。皇太子である僕すらも。

 散々遊んで満足した父は、病の床に伏せた。そして去年、僕が新たな王に就任した。

 こんな無茶苦茶な国で、いったい何が出来るって言うんだ。今さら国王の血を流すことなく戦争を終わらせてくれなんて、そんな都合の良い話、隣の国が了承するはずがない。

 そうだ、僕が出来ることと言ったら、絶対王政を廃止するための演出に、悪の権化として処刑されることだけ。とんだ茶番だ。

 僕はいつだって父親の都合の良い人形だった。このままだと最後までそのままだ。

 だから僕は着のみ着のまま逃げ出した。どうせ死ぬしかないのなら、死に方くらい選びたい。


 走って走って、たどり着いたのは真っ暗な洞窟だった。ここならば僕が誰なのか誰にもわからないだろう。

 ひんやりと冷たい地面の上に腰を降ろしながら考えるのは、どうやって死ぬのがましかということだけだった。





 耳に痒いノイズ音響く。


 これは、敵だか味方だかわからないが兵士の咆哮。俺はまだ、戦場ここにいる。

 あの日逃げ出した罪は、あのクソ上司によってクソ上司の失態ごともみ消された。皮肉にも、あいつに助けられたわけだ。今俺は、あの時とは違う隊に配属されている。今度の上司はまともそうだ。

 軍師はまだなりたての若い奴だが、気が小さそうな奴だから安心だ。大軍が来たらすぐに撤退命令を出してくれそうだ。だが、そんなものどうでも良い。どうせもうすぐ戦争は終わるんだ。


 俺はあの時、クソ餓鬼もとい国王を前にしてどうしたんだか。そこだけ記憶が飛んでいる。

 俺は国王を、殺したんだっけ、生かしたんだっけ。


 気づいたら俺は、洞窟からいくらか離れた平野に立っていた。服はちゃんと着ていた。そこは理性が働いていたようだ。


 鈍い音が響いて、死体が一つ転がった。

 戦場に再び戻って俺は気づいちまったんだ。俺の居場所は戦火あめの中しか無かったことに。


「いや、そうだったな。俺には神様がついてる。こっから無事帰れたらやっぱり会社でも起こそっかな」


 俺の前にはまだ何もない。それでも生きてる。それが人間って奴か? ああ、また俺かっこ良い事考えちゃった。聞いてくれる奴はもう誰も居ないのに。

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